「あとひとつよろしいですか?」
水谷豊が演じる警視庁特命係の警部、杉下右京が犯人を追いつめる質問を放つ。
テレビ朝日のヒットシリーズ「相棒」はシーズン11が今春終了して、いまは平日の午後に過去のシリーズが再放送されている。
その視聴率は回によっては、この時間帯としては異例の10%を超える。週間の視聴率のドラマ部門でベスト10位に入ることもある。
プレシリーズは「土曜ワイド劇場」で2000年6月から3回。シリーズ1は2002年2月から放映されている。杉下右京の相棒役は、初代の亀山薫(寺脇康文)から神戸尊(及川光博)、甲斐享(成宮寛貴)と代わった。
シーズン5「殺人ワインセラー」は2006年12月に放映された作品を観る。相棒は寺脇康文演じる亀山である。
高層マンションからの飛び降り自殺を装って、高利貸しの社長が殺害される。この社長が融資をしている、佐野史郎が演じるワイン評論家は、フランスの高級ワインを揃えた大きなセラーを有するレストンを経営している。
佐野はかつてソムリエを務めていて、ワインの試飲会で参加者の評論家たちのいたずらで、高級なワインと偽って安いワインを味あわせられ、高級なワインと誤った過去がある。
この屈辱をバネにして、ワイン評論家として地位を築き上げた佐野は、高利貸しの社長との会食で、彼が選んだワインが食事と合っていないことを指摘して恥をかかせた。
自分が受けた屈辱と、他人に与えた屈辱が重なり合う。
「あとひとつよろしいですか?」
佐野とその妻に対して、右京は事件のあった夜にふたりが自宅で飲んだワインの種類を何度も尋ねるのである。
その晩、佐野が自分のレストランのセラーから持ち帰ったワインである。佐野はそのワインが最高級であったことを繰り返し、右京に主張するのであった。
殺人現場が早々に佐野のワインセラーである推定はついていたが、犯人を特定する決定的な証拠はなかった。状況証拠は、佐野のコレクションのワインを抵当にしてカネを貸した社長が、佐野に浴びた屈辱を晴らそうとして、借金の代わりにそのワインを手に入れようとしたのではないか、という推測である。
ドラマは幕切れまで緊張感が途切れない。
最終場面は、佐野が主宰するワインの試飲会となる。
右京があの夜、佐野夫婦が飲んだワインがなんであったのかにこだわる理由が明らかになる。
ソムリエに右京が密かに頼んで、試飲会に供したワインが事件を解き明かす。その微妙な味わいを判断できるのは、佐野ひとりであった。そのことを誇るが故に、殺人事件の犯人が明らかになる。
「あとひとつよろしいですか?」
警視庁のキャリアから特命係に左遷されながらも、きちんとした身なりを崩さず、当庁後は高級なマイカップで紅茶を飲む。
右京の決め台詞は、そうした風情とは対極にある、よれよれのレインコートをまとって、葉巻をくわえたベテラン警部の得意のセリフでもある。
ピータ・フォーク演じる、コロンボである。「刑事コロンボ」シリーズは、日本で放映されたのは、1968年から一時中断をはさんだ2003年制作のふたつのシリーズだった。
シリーズ中の最高傑作のひとつといわれるのが、「別れのワイン」(1973年)である。
ワイナリーの経営者が弟を殺害し、ワインセラーに死体を隠蔽する。経営者がアリバイづくりのために、ニューヨークに出張にでかけ、秘書が隠蔽に加担する偽の証言も得る。状況証拠はそろっている。
謎解きのクライマックスは、コロンボがこの経営者と秘書を高級レストランに招待して、あらかじめ経営者のワインセラーから持ち出したワインを供する場面である。経営者しかそのワインの味の劣化がわからない。
死体の隠蔽から発見までの、気象の変化とワインの関係が解決の伏線となる。
「相棒」シリーズの「殺人ワインセラー」は、コロンボシリーズの傑作「別れのワイン」に対するオマージュ(敬意)である。
「相棒」シリーズの魅力は、名作ミステリーに対する大いなる敬意と、それをしのいでみせようという監督と脚本家の意地にある。
「相棒」の映画版「絶体絶命! 42.195km 東京ビッグシティマラソン」(2008年)は、クリント・イーストウッド演じるサンフランシスコ警察殺人課のハリー・キャラハンが主人公の「ダーティハリー」シリーズに対する、オマージュである。
冒頭のミニカーによる爆破計画、犯人に都内を移動させられ、振り回される相棒……。
ブルース・ウィリスが演じるマクレーン刑事の「ダイ・ハード3」(1995年)もまた、「ダーティハリー」へのオマージュである。小学校で子たちが歌わされるシーン、犯人たちがスクールバスで逃げようというシーン……
シャーロック・ホームズの作品のファンたちは、シャーロキアンと呼ばれる。ホームズと相棒のワトソン医師や登場人物についてばかりではなく、事件とその背景について詳細な知識を競い合う。
「相棒」ファンについて、どう名づけたらよいだろうか。作品のDVDのほとんど全部を持っている、高名な学者の友人と相談することにしよう。(敬称略)
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