アイドルの社会的役割のひとつは、「すっかりおばさんになっちゃったなぁ」と感じさせて、「若さのはかなさ」を「ファンだった人たち」に教えることである。
2013年4月2日 – 1:35 Twitter 糸井重里
NHK連続テレビ小説「あまちゃん」の主人公の高校生・天野アキ(能年玲奈)の母・春子を演じる、小泉今日子を観ていると、糸井つぶやきが映像にかぶさるように聞こえてくる。
ドラマの舞台は、三陸海岸の架空の町・岩手県北三陸市である。春子とアキの母娘は、実家の春子の母つまりアキの祖母である夏(宮本信子)が危篤、という偽の電報を受け取って帰郷する。
差出人は春子の幼馴染である三陸駅の駅長である。海女のリーダーである夏が老いきたので、かつて後継者と目されながら、高校卒業後に東京に去った春子を呼び戻そうとした。観光振興のために、春子を海女にしたいと考えたのである。
海女を目指すようになるのは、アキであった。東京に戻らずに母娘は夏の家に暮らすことになる。
第3週「おら、友だちができた!」と第4週の「おら、ウニが獲りてぃ」は、アイドルという言葉がキーワードとなって、物語が綴られていく。
アキが知り合った親友のユイ(橋本愛)は、上京してアイドルになることを夢見ている。町おこしのイベントとして開かれた、ミスコンテンストで、ユイは優勝して、夏祭りの山車に乗って一躍地元のアイドルとなる。
潮が速くなる夕方から海に潜ることを、夏がアキに禁じたのに、それを破って溺れかかったために、アキは海女になる練習からはずされる。ユイがミスコンで輝いたのをみて、アキは勇気づけられ、夏に頭を下げて許しを得る。
三陸沿岸の旧家には、複雑に入り組んだ廊下や隠し部屋がある。アヤが探索するように家のなかをめぐっていると、母の春子がかつて使っていた部屋が現れる。そこには、1980年代を彩ったアイドルたちの写真が壁に貼られている。春子役の小泉がアイドルだった時代である。
アイドルを目指す高校生のユイと、ドラマが暗示する海女としてアイドルとなるアキの物語は、ふたりの美少女によって演じられる青春ドラマある。
アキ役の能年玲奈とユイ役の橋本愛のふたりのやりとりは、若さの美しさと可憐さを感じさせる。その瞬間、瞬間の映像は、観る人々の無意識のなかにある、アイドルの青春ドラマと重なっているのではないだろうか。それは朝に放映される連続テレビ小説のも伝統的な持ち味である、こころに染み入るような余韻ともなっている。
「あまちゃん」を観ているわたしは少なくとも、ふたりの物語から、薬師丸ひろ子や山口百恵、そして内藤洋子を思い浮かべるのである。主役である彼女たちとともに、脇役として絡み合った美少女たちの面影とともに。映画は「Wの悲劇」あり「伊豆の踊り子」である。
脚本は演劇家であり、映画監督でもある宮藤官九郎が手がける。宮城県の旧若柳町(現在の栗原市)出身の宮藤が育った町と、卒業した県立築館高校の名前をみると、青少年時代を同じ県で過ごしたわたしには、その美しい田園地帯と名門高校のバンカラの気風がよくわかる。広大な穀倉地帯から北西を見上げれば、岩手県につながる奥羽山脈の名峰・栗駒山がある。
大和朝廷が北方の守りとした宮城県の多賀城から北に向かうと、作家の宮沢賢治や太宰治、そして板画の棟方志功ら、京や江戸の文化の系列のくくりを超えるような芸術家が生まれるのではないか、というのはわたしの考えである。
「宮藤ワールド」もまたそうした北の文明の地下水脈が表に出てきたのではないか。宮藤が脚本を手がけた、映画「木更津キャッツアイ」(金子文紀監督)や「GO」(行定勲監督)は、ドラマの筋立てばかりではなく、登場人物のユニークさと演技において、日本映画のどの系譜につながるのか、その位置づけがわたしには困難である。
「あまちゃん」もそうした宮藤ワールドで繰り広げられるドラマである。
そのなかで、アイドル・小泉今日子は笑顔を隠した、奇妙な母親役を演じて、観る者を飽きさせない。歌手でデビューした彼女の女優としての可能性を見せたのが映画「怪盗ルビイ」(1988年・和田誠監督)である。作家の小林信彦が、アイドル映画の最高傑作としてあげる作品である。スタイリスト役の小泉が、実は怪盗で、相手役の隣人の真田広之を相棒に誘い込んで盗みを企てる。
イラストレーターとしての卓越した才能のほかにも、宮藤同様に多彩な活躍で知られる和田誠が、監督として小泉の魅力を引き出した。
「あまちゃん」の小泉は、糸井のいうように「若さのはかなさ」を感じさせるばかりではなく、アイドルが成熟して、日本を代表する女優としての存在感を示している。
アイドルが演技派女優に生まれ変わる。ファンの喜びである。
「あまちゃん」の物語の設定は、2008年夏から始まる。三陸の青い海の風景をあしらいながら、陽気なテーマ曲で毎回開幕するドラマは、東日本大震災の2011年春に向かっていくのであろう。 (敬称略)
WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本
http://wedge.ismedia.jp/category/tv