テレビ放送が始まってから、今年2013年は60周年である。NHKの本放送の開始は1953(昭和28)年2月 1日午後2時、祝賀番組は尾上梅幸と松緑らによる「道行初旅(みちゆきはつねのたび)」。日本放送が開局した同年8月28日の記念番組のトップも歌舞伎に題材をとって、宝塚の天津乙女と南悠子による舞踏「寿式三番叟」であった。
歌舞伎の名優たちと人気スターがともに、新しいメディアの誕生にあたって、江戸の文化の風を吹かせるように祝った。
テレビの歴史の60年は長くはないが、短くもない。番組のジャンルの栄枯盛衰があった。江戸の風を感じる時代劇もそのひとつである。
噺家の立川談志家元が落語について、「江戸の風を感じる」と定義していた言葉を引いた。
時代劇の魅力は落語に似て、江戸という時代設定のなかで、現代の雑多な社会の仕組みや風景が消し去られて、人とひととの人情の機微が映し出されるところにある。それは親子の情愛であり、お店や長屋の助け合い、ご隠居の世間知などさまざまである。
NHK BSスペシャルドラマ「大岡越前」の第1回(3月30日放送)「名奉行誕生」を観た。毎週土曜放映の全9回シリーズである。
テレビ時代劇の「大岡越前」は、TBSが1970年から99年にかけて放映した人気番組である。主演は加藤剛である。
今回の「大岡」の配役は、大岡越前に東山紀之、徳川吉宗に平岳大、越前の友人の蘭方医に勝村政信である。
伊勢の新任の奉行として巡視していた東山は、知行地の農民たちが、隣接する紀州藩の農民による「水泥棒」に悩まされていることを知る。深夜ひそかに堰を切って、紀州領に水を流すのである。
法に則って、東山は紀州藩に水泥棒の犯人の引き渡しを、書面で求める。相手は徳川御三家であることから、部下たちは反対するがそれを押し切って。
紀州藩からの答えはなく、東山は一計を案じる。紀州藩主の吉宗(平)が夜陰に乗じて、禁漁を破って魚取りに興じていることを知って、奉行所の船で捕手を寄せ、吉宗を捕える。
奉行所の裁きの白洲の場で、縄目の恥をさらす吉宗に対して、東山は一貫して吉宗にはあらず、という態度で臨む。最後は、友人の蘭方医(勝村)に吉宗を診断させ、しれ者であることを理由にして解き放つ。
「覚えておれ」という吉宗に東山は言い放つ。「紀州様は禁漁の地で魚など捕らぬ」と。
八代将軍となった吉宗から江戸表に呼び出された東山に対して、周囲は伊勢時代の怨念を吉宗が晴らすものと思い、東山の切腹は免れないと考える。許嫁との婚約も破棄されることになる。
江戸城における吉宗と東山の緊迫する対面の場面。「あのとき、覚えておれといったのを忘れまい」と吉宗は迫る。
平然として、東山は答える。
「あのときのしれ者と上様は似てはいらっしゃいますが、天下の祭りごとを司る上様があのようなことはなさいませぬ」と。
破顔一笑、そして大笑いする吉宗。
東山に向かって厳粛な面持ちとなる。
「南町奉行を命ず」と。
東山越前のさっそうとした登場ぶりである。
ドラマは一気に展開して、最初の「大岡裁き」のストーリーに突き進む。
吉宗の将軍就任によるご赦免によって、八丈島の遠島から16年ぶりに江戸にもどってきた飾り職人が、殺したはずの友人の小間物屋が生きていたことを知る。島流しの間に母親を失った職人は、小間物屋を殺そうとする。
同心たちの調べが進み、ふたりは白洲に引き出される。
小間物屋が婿入りした先のお店の娘が見初めていたのが、実は島流しにされた飾り職人であることが明らかにされる。小間物屋はそれを阻止するために、職人を酔わせたうえ、偽装殺人を仕立てあげ、自らは名前を変えて婿入りした。
東山は職人に生まれ変わって生きることを諭すのであった。
自分が一度は婿入りできる直前までいったことを知り、「嫁など思っていた俺がそんなことだったら、おっかさんもよろこんでくれるだろう」と泣き崩れる。
下手人の小間物屋に遠島を命じて、一件落着となる。
歌舞伎も落語も演じる人によって、所作やセリフ、口調が変わるばかりではなく、登場人物の描き方に陰影が加えられる。
「大岡」に挑んでいる東山はこれまで、藤田まことの人気シリーズのリメイクの主役も務めた。「必殺仕掛人2010」は、藤田の追悼ドラマになった。
歌舞伎役者も負けてはいない。BS時代劇「妻はくの一」で、市川染五郎が平戸藩主の天文掛を演じている。密偵として送り込まれた幕府の「くの一」と1カ月の新婚生活を送るが、その妻に去られ、江戸に出る。妻を探すラブスト―リーと、天文学を使った事件の謎解きが絡み合う、新しいタイプの時代劇である。
事故から立ち直った染五郎の復活の舞台となった「二月歌舞伎」で、父親の松本幸四郎、息子の松本金太郎の三代による「新皿屋舗月雨暈(しんさらやしきつきのあまがさ)」を観た記憶がよみがえる。酒乱の若殿を演じた彼が、「妻はくの一」では軽妙な演技をみせる。
東山の「大岡」と、染五郎の「妻は」が競うように並行して放映されている。 (敬称略)
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