シャーロック・ホームズの物語はなぜ、何度もテレビドラマや映画になるのだろう。 アーサー・コナンドイルの原作は、精緻な翻訳ばかりではなく、少年少女向けの翻案によって、そのストーリーは広く知られている。
人々が繰り返し見ることを望む原作の数々が、新たに書き起こされた脚本と配役によって輝きをみせるとき、そのドラマ化は成功に導かれる。
フジテレビの「月9」の愛称を持つ、月曜日のゴールデン・タイムのシリーズ「ビブリオ古書店の事件手帖」は、原作は三上延のベストセラーである。11回連続のドラマは3月25日に最終回を迎えた。
このコラムのシリーズで取り上げる理由は、読者に再放送を観ていただきたいという思いだけではない。原作者の三上によれば、この物語はこれから書き継がれて、後半にさしかかるという。つまり、近い将来にドラマの第2シリーズがあるだろう。
わたしは第9回「タヌキとワニとイヌが出てくる、絵本みたいな本」から、このドラマに魅かれた。さらに原作の「ビブリオ古書店の事件手帖」(メディアワークス文庫)シリーズの既刊4冊を一気に読んだ。
このドラマは初主演となる剛力彩芽は、鎌倉の古書店主人の篠川栞子役である。古書店のアルバイトの五浦大輔役はAKIRA、栞子の母で10年前に家を出て行った母親の智恵子役は安田成美である。
原作もドラマも、この三人の関係がストーリーを綴っていく構図は同じである。ただ、栞子と大輔の年齢の設定が、原作では栞子が年上であるのに対してドラマでは逆になっている。しかしながら、大輔はフリーターから古書店のアルバイトになった設定であり、栞子を母親はともに、古書を手がかりにして事件の謎を読み解いていく才能を持っているところは変わらない。
「ライトノベル」といわれるジャンルから、三上の原作シリーズは生まれた。ライトノベルの定義がはっきりとしたものではないが、漫画のキャラクターのようなイラストをあしらった小説である。「ラノベ」ともいう。
「コンテンツに上下はない。どのジャンルでも一流のものがある」という趣旨をとなえたのは、作家の井上ひさしである。純文学とか大衆文学とか、なにか上下関係を暗示するような命名とは無縁のところに、コンテンツの力がある、と洞察したものである。
「ビブリア」はラノベとしては、初めてのゴールデン・タイムのドラマ化である。フジの編成と制作の担当者にもまた、井上ひさしのいう、ジャンルにこだわらずによいものはよい、という感覚があったと思う。
原作は第1巻から第3巻まで、短編によって構成されている。ひとつひとつの話はそれぞれ、古書が事件の下敷きとなっている。それは、夏目漱石「漱石全集・新書版」(岩波書店)であり、ロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘」(集英社文庫)などである。短編はそれぞれ事件の解決に向かってストーリーが展開していく。それは、シャーロック・ホームズの物語のようである。短編が綴られた先に長編が用意されているのも。
「ビブリア」のドラマ第10回と最終回は2話完結のシリーズで、原作では第4巻の長編「栞子さんと二つの顔」のドラマ化である。
江戸川乱歩の古書の収集家だった資産家が、雪の路上で倒れ死んでいる。その雪のうえに、彼が指で描いた4ケタの数字の「ダイイング・メッセージ」が残される。
資産家は愛人の家に、膨大な乱歩の単行本や小説が掲載された雑誌などのコレクションを残した。さらに、その家の中に備え付けられた金庫のなかに、重要なものを残し、愛人にその金庫を開けるためのヒントを残す。
主人公の栞子と、10年ぶりに姿を現した母親の智恵子はその謎解きを激しく競うのである。金庫のなかに隠されていたものはなにか。それは乱歩の初期の作品の習作原稿らしいことがわかっていく。果たして、金庫のなかの原稿は本物なのだろうか。
原作もドラマのラストシーンもまた、物語が続くことが余韻をもって綴られている。どちらも捨てがたい。どちらかと問われれば、原作のほうではないか、と私はあえて答えるだろう。原作には、栞子と大輔のほのかな恋の予感があるからである。
フジテレビの視聴率競争における凋落ぶりは知られている。テレビ朝日と日本テレビの2強が首位を争い、フジは後塵を拝している。
編成と制作の企画陣のチャレンジ精神が反転攻勢のキーとなるのだろう。「ラノベ」のドラマ化という新しいジャンルに果敢に挑戦した「ビブリオ」は、その好例だと思う。
ただ、「ビブリア」は当初は視聴率が10%を超えて、週間のドラマ部門でベスト10位に入っていたのが、後半はそのタイトルが消えた。
原作とドラマの溝という視点に立って、その原因を探るとするならば、原作にはない脇役の数が多い点にあるのではないか。人気俳優やタレントを配して、視聴率を上げようという意図がみえる。それがかえって、栞子をはじめとする主役たちの心理の綾を描いている原作の魅力をそこなっているように思う。
第2シリーズに期待したい。 (敬称略)
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