ブログ

現代女優論   戸田恵梨香

2013年3月6日

このエントリーをはてなブックマークに追加

  サスペンスの謎解きは、幕が下りる瞬間にすべての出来事が、すーっと1本の線で結ばれる。まるで幾何学の補助線を引いて問題が解けるかのように。

  NHKよる☆ドラ(火曜日夜)の「書店員ミチルの身の上話」は、連続10回の最終回にあたる3月12日放映に向けてドラマはクライマックスを迎えようとしている。

 このコラムのシリーズは、ドラマを紹介するにあたって、初回あるいは第2回からうかがえるストーリーと俳優について批評してきた。

 今回はちょっと趣向を変えてみよう。「書店員」は第7回までみた。回を重ねるごとに、このドラマは緊張感が高まって、最後の謎解きがどうなるのか、その展開に引き込まれているからである。

  戸田恵梨香が演じる書店員のミチルが、街角の小さな宝くじボックスでバッグから取り出した宝くじが当たっているかどうか、読み取り機で調べてもらうシーンから、ドラマは始まる。

  売り場の中年の女性(田島令子)が驚きの表情を浮かべる。

 「お嬢さん、1等の2億円です」

  ドラマのタイトルバックに戸田恵梨香の上半身が流れるように映し出されて、語りが入る。ミチルが長崎の小さな町の書店員であることを告げ、宝くじに当たったことが彼女の人生を暗転させることが予言される。

  語りの主は、ミチルを妻と呼ぶ。第7回に至るまで、ミチルは独身であり、しかも「妻」と呼ぶ夫役は登場していない。この夫はいまのところ声だけで、配役は大森南朋である。

  よる☆ドラは、1回が30分である。タイトルバックと次回の予約、そして前回の要約部分を除けば20分のドラマの展開である。全10回であるから、長めの映画1本分といえるだろう。

  普通の日常を生きる人物が、ある出来事を契機に不条理ともいえる事件に巻きまれていく。それがサスペンスの醍醐味ではないか。

  いまさら、ヒッチッコックを持ち出すまでもないが。「北北西に進路を取れ」は、広告会社の社長役のケイリ―・グラントが打ち合わせに入ったホテルで、ベルボーイが名前を読んだ人物とスパイ組織に間違われる。無実の殺人犯として警察に追われる身となる。そして謎の美女エバ・セイント・マリーとのラブストーリーとなる。その果てに彼女との結婚という幕切れが訪れる。

  「書店員」のドラマの展開は、1話ごとにミチルの運命が暗黒に包まれていく。

  ミチルが当たりくじかどうか確認した宝くじは、勤務する書店の同僚から頼まれて買ったものである。冒頭のシーンは働いている長崎の町ではなく、東京である。

  宝くじを買った直後に、不倫関係にある東京の出版社の社員、豊増(新井浩文)が帰京するのに、気まぐれについていってしまったのである。

 長崎の実家と勤務先に、嘘に嘘をかさねるうちに、会社も首になって東京に住むことになる。

  そして、第1の殺人が起きる。ミチルは同じ町出身で弟のようにかわいがっていた、東京の大学生である竹井(高良健吾)を頼る。新たに借りたアパートの一室で惨劇は起きる。

 結婚を約束した地元の宝飾店の跡継ぎの久太郎(柄本佑)が訪ねてきたとき、たまたま部屋にいた竹井を慕う女子大生の高倉(寺島咲)が、けんかの末にミチルともみあう久太郎をフライパンで殴り殺してしまう。

 竹井と高倉は、冷静に布でくるんで、竹井のアルバイト先の料理学校の車で、久太郎の死体を富士山麓の樹海に捨てにいくのである。

  第2の殺人はそのように直裁的な描写は避ける。ミチルの不倫相手である豊増が、会社の使い込みがバレて追いつめられる。穴埋めのために、ミチルが宝くじの当選金のなかから500万円を用立てて、自分の部屋に置き、翌日にはなくなっている。

 殺人は、部屋に入るミチルを尾行するようにゆっくりと走る、竹井のアルバイト先の車によって暗示される。

  そして、竹井はミチルに携帯電話をかけて、一緒にミチルのフィアンセを処理した高倉が自殺したことを告げるのである。

  上京後に頼って、竹井の部屋にころがりこんだミチルであった。不倫相手の豊増に対して、竹井は「ゲイ」だから大丈夫といっていた。

 その竹井に恋人の高倉が現れる。

 子どものころは、ミチルにまとわりつくように従っていた竹井が、殺人現場の血で汚れた床を冷静にふき取る様に、意外な感じにとらわれる。

  長崎の小さな町の書店員だった、明るい性格のミチルが、竹井によって追いつめられていく。

  戸田恵梨香は、子役からの演技歴は長い。成人になってからも、脇役で演技力を磨いて、主演級になった女優である。現代を代表する美貌の女優のひとりであることは間違いない。

 それでありながら、平凡な女性の感情の揺れを表現できる演技派でもあると思う。

  「女優の恐怖の表情を撮るのが楽しみである」と、ヒッチコックは語ったという。

  「書店」のなかで、 戸田恵梨香はラストに向かってどのような恐怖を味わうのであろうか。そして、語りの夫役の大森南朋はどのように登場して、ミチルを幸せに導くのだろう。

  極上のサスペンスは、ハッピーエンドに決まっているだが。

 (敬称略)

WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本

http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加