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「国益」と対諜報活動

2020年3月3日

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政治経済情報誌「ELNEOS」2月号寄稿

警視庁公安部が通信大手のソフトバンクの元社員・荒木豊容疑者を在日ロシア通商代表部の幹部職員に対して不正に機密を漏洩した、として不正競争防止法違反容疑で逮捕したのは一月下旬のことである。

 同社が二月七日に開いた二〇二〇三月期・第三四半期の決算会見において、宮内謙社長は元社員が持ち出した情報は、基地局づくりの手順書だったことを明らかにした。そのうえで、「(元社員の容疑者は)まじめな人だが、ロシアの古典的なスパイ活動にはまってしまったということではないか」と推定してみせた。

 「通信の秘密、機密性の高いものにはタッチできなかった。そこは安心していただきたい」――宮内社長が謝罪の言葉のあとに付け加えた理由は、ソフトバンクグループのインターネット接続サービスの子会社がかつて、加入者の個人情報を契約社員に盗まれ、宗教集団の幹部の手に渡って恐喝された事件である。

 ロシアの諜報活動からみれば、人的接触すなわちヒューミントによって得た、基地局の手順書は十分な成果であったといえるだろう。

 手順書の詳細は明らかにされていないが、基地局の位置や導入されている機器の生産国や機能がわかれば、ロシアはインターネットによる攻撃や諜報がやりやすくなるだろう。

 ヒューミントは古典的なスパイ活動とはいいきれない。諜報活動はいま、確かにサイバー空間のインテリジェンスの存在が高まっているが、ヒューミントは依然として諜報の大きな柱である。

 今回のロシアによるスパイ事件から、ソフトバンクが教訓を得るとするならば、加入者の利益を守ることは当然ながら、「国益」を担っている企業としての自覚の必要性だろう。

 中国の世界的な通信機器大手である、ファーウェーの製品について、米国政府が一昨年、国内の通信会社にその使用を禁じたのを受けて、日本政府が企業名を明らかにしないながらも、追随する方針を明らかにしたとき、ソフトバンクの反応はいささか反発ぎみであった。

 最近では、次世代通信の5Gの新規投資において、ファーウェーの機器を使用しないことを約する軌道修正を行っている。

 いうまでもなく、諜報活動はそれぞれの国家の「国益」の達成のために行われている。グローバリズムの進展によっても、国民国家の壁が崩れたわけではない

 広報パーソンと渉外部門の役割は、メディアが発している情報と官公庁などの情報の海のなかから、「国益」にからむ諜報について重要な一片を拾い出すことにある。

 ファーウェーの問題については、英国のテリーザ・メイ政権下の昨年五月、ギャビン・ウィリアムソン国防大臣の解任事件がそれにあたる。英国メディアが、ファーウェーの通信機器が通信の秘密を脅かす通路(ホール)を英国政府はすでに見つけ出しており、それを塞げば利用が可能だ、と結論づけたと報道したことに端を発する。英政府の調査の結果、情報源が特定されたのである。サイバー・インテリジェンスの専門部署でなければ、ホールは発見できない。日本の新聞はこの事件をベタ記事で伝えていた。

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