NHKドラマ10「いつか陽の当たる場所で」 上戸彩の今日性とは
古い日本家屋の薄暗い居間で、綾香(飯島直子)と芭子(上戸彩)がそれぞれニンジンと長ネギをマイクにみたたて手に握り、PUFFYのヒット曲である「アジアの純真」を歌う。
白いパンダを どれでも 全部 並べて
ピュアなハートが 誰かに めぐり会えそうに 流されて行く
未来のほうへ
NHKドラマ10「いつか陽の当たる場所で」第1回(1月8日放映)である。タイトルは「前科ある二人」。
ドラマのスタートは、上戸が女子刑務所から7年間の刑期を終えて、出所するシーンから始まる。誰も迎えはなく寂しそうに道を歩み始めた上戸に、飯島が駆け寄ってくる。刑務所の仲間で先に出所したことがわかる。
田園風景のなかを走る電車に乗り込んだふたりが目指すところは、上戸が住むことになる亡くなった祖母が残した、東京の下町である谷中の2階建ての住宅である。
上戸の出所に備えて、自分も同じ町内に住み始めたことを飯島は告げる。
第2回「強くなりたい」(1月15日放映)と合わせて、ふたりの過去と、上戸の隣りに住む老夫婦や飯島が勤めるパン屋の主人、そして上戸の家族たちが紹介されていく。
女子大生時代にホストクラブにはまった上戸は、ホストに入れあげるカネを目当てにして、出会い系サイトなどで知り合った男たちに睡眠導入剤を飲ませて眠らせ、財布から金を抜き取る。
朝帰りの上戸が警察に逮捕されるシーンでは、母親の妙子(浅野温子)と父親、弟が自宅の玄関でみつめる。
「ごめんなさい」と上戸は泣き崩れる。
飯島の刑事事件は、夫の家庭内暴力に苦しめられた末に息子を守るために、ネクタイで夫の首を絞めて殺す。
「アジアの純真」は、上戸が刑務所の演芸会で披露して、仲間にほめられた歌である。飯島も歩きながら口ずさむ。その視線の先には、自分の過去を思い出させる、仲むつまじい母親と子どもの姿があった。殺人を犯した彼女は、息子と会えないのである。
ドラマの原作は、乃南アサの「いつか陽のあたる場所で」と「すれ違う背中を」。上戸のこれまでのイメージをくつがえす、汚れ役である。
飯島とともに刑期を終えた女ふたりが、過去の人生を背負いながら、陽の当たる幸せな場所に再びたどり着けるのか。
上戸は歌手としてデビューし、数々のCMに登場し、テレビドラマと映画の間を行き来する女優である。
「エースを狙え」「アタックNo.1」などのテレビドラマ、そして映画「テルマエ・ロマエ」と、その代表作にはコミックを原作とするものが多いように思う。
愛くるしい美少女の風貌を20代後半まで崩さず、ユーモラスなしぐさが似合う上戸が、コミックと相性がいいのはよくわかる。
2012年の邦画の興行成績ではトップクラスとなった、「テルマエ・ロマエ」は、いわゆるタイムスリップ物である。阿部寛のローマ人の浴場設計者が現代の上戸の前に現れる。上戸は売れない漫画家である。
日本の銭湯に学んで、過去にもどってローマの浴場建設に新たなアイデアを盛り込む、阿部と上戸は、コミカルな演技をこなしている。
コミックとテレビドラマ、映画がコンテンツとして、あるときはコミックが原作となり、テレビドラマが逆にコミックなり、テレビのアニメが映画の実写版になる。
日本のコンテンツが、多様さを極めている「相互交流」である。
これは現代に起きた現象ではない。江戸時代に遡れば、絵草紙が芝居になり、芝居が絵草紙になる。
現代の映像作品は、江戸時代あるいはそれ以前からの日本の文化の伝統を引き継ぐものである。
上戸の今日性は、優れたコンテンツといえるCMの世界と、テレビドラマ、映画を自在に行き来するところにある。
演出家が使ってみたい女優なのである。彼らは次々に上戸に新しい挑戦の機会を与えている。美少女の面影を残す彼女もいつか30代を目前にしている。演出家からみれば、女優としての上戸が脱皮して新たな相貌をみせる瞬間をみたいのであろう。
「いつか陽の当たる場所で」は、上戸が、友人である飯島や周囲の人々とのふれあいのなかで、人間として成長していくドラマでもある。
休日の飯島と動物園に遊びに行った上戸は、そこで大学のゼミの友人とその息子に出会う。彼女の袖口からみえた、家庭内暴力による傷を飯島は見逃さない。
飯島と上戸はその息子を預かることになる。友人が夫と食事にでかけるためだ。
どしゃぶりの雨のなかを友人が、上戸の家に子どもを連れ戻しにやってくる。
その直前に、上戸は自宅から宅急便で送られてきた自分のぬいぐるみについて、その子に説明する。
「わたしはね、習い事も下手だったし。お母さんにほめられたことがなくて。いつもこのぬいぐるみに話していたんだよ。でもね、やっぱり、直接話さないとだめだよ」と。
顔と洋服に明らかに新たな暴力の跡をとどめた友人が、どしゃぶりのなかを逃げるように立ち去ろうとしたとき、子どもが泣き叫ぶように呼びかける。
「おかあさん、笑ってよ。僕は笑っているおかあさんが好きなんだ」
女優上戸の成長ぶりを観るのが楽しみである。
(敬称略)
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