「会津の悲劇」の先にあるものとは
会津の悲劇はなぜ起こったのか。藩主の松平容保は、幕府の京都守護職として朝廷を守った。薩摩と会津藩はいったん手を握って、長州を京都から追いやった。
朝敵となって、薩長連合軍と戦って敗れた悲劇の物語は、1カ月の籠城の末のことであった。城が落ちたと誤った、少年隊の白虎隊の自決はその悲劇性を後世に語り継がせることになった。
NHK大河ドラマの「八重の桜」の第1回のタイトルは、「ならぬことはならぬ」である。会津藩に語り継がれた教えは、いまも会津の町のあちらこちらに、標識のように書かれている。
やってはいけないことは、やってはならない。道理にあわないことは、だめなのだ。
会津出身のわたしは、子どものころから、祖父母や叔父、叔母からそのように言い聞かされてきた。
わたしの家族や祖先は、会津の武士の家系に連なる者ではない。農民の家系である。
しかしながら、会津の町にはいまも戊辰戦争を戦った、武士たちの魂は生きている。
「八重の桜」の第1回(1月6日放映)と、第2回「やむにやまれぬ心」(1月13日)をみた。
ドラマは、アメリカの南北戦争のシーンから始まる。意表をつく設定である。
会津出身者は、戊辰戦争で使われた銃が、南北戦争で使用されそれが武器商人によって、戦後に日本に輸出されたものであることを知っている。
会津城の攻防のシーンに場面は展開する。悲劇の渦中にあって、山本八重役の綾瀬はるかが、そのスペンサー銃を撃つ。
大河ドラマの過去の作品も含めて、幕末を描いた映画、テレビの作品は、会津の悲劇に向かって進行する。
その悲劇を知っている故に、戊辰戦争のくだりになると、会津出身者は観ることがつらくなる。
会津出身の政治家で、外務大臣などを務めた故・伊東正義は、大河ドラマの途中の回で、会津の悲劇の直前に観るのをやめたエピソードがある。
わたしにもそれがよくわかる。森村誠一の小説の「新撰組」は、伊東と同じように、会津の悲劇の前で読むことを断念したのである。
八重の物語は、同志社を創設した新島襄の妻としての戊辰戦争後につながる。
悲劇のシーンで始まる「八重の桜」は南北戦争のシーンとともに、観る者を驚かせたが、それは、希望の物語につながる序章なのであろう。
冒頭の南北戦争のシーン後に、リンカーンが米国をひとつにする演説のシーンがある。「人民の、人民による、人民のための」という言葉である。
南北戦争とは、日本語の意訳である。英語では、シビル・ウォーつまり、国民国家としてのアメリカが、イギリスからの独立戦争を戦ったあと、産業革命にいち早く転じた北部によって完全に統一されて、国民国家を確固たるものにした戦争であった。
国民国家は、ナポレオンのフランス革命と、アメリカの独立戦争によって、「発明」されたものである。国旗と国歌に誓って国民になったものが作った国家は、王侯貴族が作った「国」と戦って、強く強大となったのである。
日本の「国」とは、明治維新を経て、政府によって国民としての教育がなされるまでは、「藩」のことであった。いまでも、「クニ」という響きには、故郷という意味がある。
八重は、武士となって、藩の砲術指南である父から鉄砲を習おうと、何度も懇願する。父の書庫から本を持ち出しては、半紙に内容を書き取る。
藩主の前で繰り広げられる、模擬戦の最中に、八重はその戦いを観ようと高い木に登って、男の子たちと競うようにして上へ上へといき、木から落ちかけてはいていた草履を落とす。それが、家老の乗っていた馬を驚かせ、あやうく彼が落馬しかける。
そのことをとがめる家老に対して、藩主の容保が、正直に申し出た八重と、彼女が競って高みにいたろうとしたことに対して「高く登ろうとしたことも武士の戦と同じであろう」という。
八重はその言葉をありがたく思い、涙を浮かべる。
「武士として、殿に尽くしたい」と。
八重の物語は、幕末に生きた女性の成長の物語でもあろう。幕末の時代のなかで、武士を目指す。そして、その思いは、戊辰戦争でスペンサー銃を撃つという形でかなえられる。
今回の大河ドラマは、幕末維新を世界史的な位置づけのなかで、描こうという制作者の大きな構図がうかがえる。
八重はそうした歴史のなかで生きていくことになる。
第1回の佐久間象山の塾のシーンで、将来の夫となる新島襄の少年役が登場する。
第1回と第2回のなかで、幕末の主要な人物である、この象山や、西郷隆盛、吉田松陰らが巧みに交錯して、ドラマが展開していく。日米和親条約や安政の大獄など、歴史的な事件がわかりやすく描かれていく。
国家とはなにか。戊辰戦争が南北戦争と同様のシビル・ウォーだとしたら。
「八重の桜」は、視聴率が好調なスタート切った。
綾瀬はるかの女優論は、別の機会に挑戦したい。
(敬称略)
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