企業の危機は突然にやってくる。ソフトバンクグループのインターネット接続子会社を襲った、個人情報漏えい事件である。
海外出張中のトップに代わって、読売新聞のスクープをきっかけとして記者会見に臨んだ私に対して、危機コンサルタントの田中辰巳は、「や役者不足の謝罪」と、著作で切って捨てた。
他者は自らの鏡である。たとえその鏡に多少の歪みがあったとしても。広報パーソンは、ほまれもなく、そしりもなく、非難を甘受しなければならない。たとえ臍(ほぞ)をかむ思いであったとしても。
危機管理の要諦は、まず事態の把握である、それは完全であることはありえないから、ある瞬間に決断がともなう。そして、対処方法に移る。さらに、それが適格かどうか、再び瞬間、瞬間に判断していくことになる。
ソフトバンクの情報漏えい事件について、大量の資料がでそろった後の分析において、読売のスクープ時点で、犯人が逮捕されているにもかかわらず、そうではないことを前提して、田中は著作を進めている。
それは無理もないことである。読売がスクープした情報漏えい事件と、同時並行的にもうひとつの情報漏えい事件が発生していて、巨額のカネを要求する恐喝事件が進行していたのである。田中はふたつの事件を混同して、著作の誤記につながったのではなかったか。
読売のスクープを後追いした、毎日新聞などの報道によると、主犯格の容疑者は反社会的勢力である。
その正体が明らかになるのは、週刊新潮と「しんぶん赤旗」の報道によってである。
この男は、かつて共産党の宮本顕治・元委員長の自宅の電話を盗聴したグループの一員だったというのである。
企業に対する犯罪としては、謀略の色彩を帯びた特異な事件であった。
もうひとつの恐喝も同じ犯人グループなのか、あるいはそうではないのか。
「謀略」の強烈な匂いを感じて、わたしは霞ヶ関のトップクラスの官僚に電話をかけた。
「そちらの専門家に相談して、意見を聞きたい」と。
「わかった。ちょっと待ってくれ」と、彼は答えた。
この友人の仲介によって、捜査当局の出身で政府の危機管理を担当している官僚と話ができた。
「謀略」の可能性を問うわたしに、その官僚はいう。
「それは断定できない。しかし、複雑な事情がからんでいるようだ。具体的な助言はできないが、そうした背景を考えて対処されたい」と。
そうした背景とはなにか。それは当時の連立政権の構成にあったのではなかったか。
共産党の宮本委員長宅の盗聴事件は、連立与党とつながりが深いといわれるある組織とからんでいる、と報道されていたのである。
主犯格の男は、逮捕されながら、起訴されなかった。共犯として逮捕された他のメンバーの刑事裁判の冒頭陳述では、その名前が出てきた。事件の謎はいまだに解けない。
(この項続く)
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