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現代女優論   続・掘北真希

2012年10月31日

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「梅ちゃん先生」は青春ドラマの定番だった

  東京・表参道の地下鉄の駅は、新番組のドラマの広告が通路の壁を覆わんばかりである。夏日の気温を記録する日もあって、通り過ぎる若い女性の服装は、季節に戸惑っているように、はっきりとした秋の装いではないようにみえる。

  フジテレビは「結婚しない」である。いつもの番組広告の壁に映像装置が組み込まれて、主演の菅野美穂と天海祐希が、せりふであろう、タイトルの言葉を大きな声で叫んでいる。街頭広告は通りすがりの人の視線をとらえるのに、わずかな瞬間に賭ける。ポスターから進化した番組宣伝であることに感心する。

  「Wの悲劇」の武井咲は、日本テレビの「東京全力少女」の主役である。斜め上からの角度で撮影した、武井のポスターから飛び出しそうなスチルもまた、なかなかこっている。

  人気女優たちは、季節の改編期を迎えるごとに、テレビ局を移動しては新しい役に挑戦している。

 東宝と日活の青春映画のスターたちが、上映期間をまたぐようにして、次々と新作のクランクインを迎えていたように。

  朝の連続テレビ小説の「梅ちゃん先生」は、その人気の故に、ちょっと変わった路線をとった。

 最終週の「上を向いて歩こう」は、24日から29日まで。梅子の父親の下村建造が、NHKの素人のど自慢に参加して、坂本九のヒット曲であるタイトルを歌うシーンに登場人物たちが、梅子の家に集まってみるシーンがエンディングへの助走であった。ラストシーンは、梅子と夫の信郎が咲き始めた梅を見上げる。小さな花ではあるが、春を告げて人々に明るさをもたらす、名前にこめられたその花を夫婦でながめるのであった。

  「梅ちゃん先生」スペシャルは、BSプレミヤの枠で、「結婚できない男と女」がテーマである。10月13日(土)午後9時からの前編をみた。後編は、20日(土)午後9時からである。

  ときは昭和37年(1962年)、東京五輪に向けて、日本はその準備のなかで、高度経済成長にかけあがっていこうとしていた。

 梅子夫婦は、結婚から6年がたって、ふたりの息子がいる。診療所の経営は、周囲の人々の評判に支えられて順調である。信郎の町工場も開通の準備が進む、東海道新幹線の車両の重要な部品を受注して、忙しい。

 ふたりの間に、倦怠期の夫婦のすき間ができてきたようである。

 信郎の工場を取材に訪れた、雑誌の女性記者が信郎にほのかな好意を寄せる。

 そして、梅子の働いていた帝都大学医学部の研究室でも。友人の女性医師が、新人の研修女医と、同僚の男性をめぐって、恋のさや当てに発展しそうな雲行きである。

  朝のシリーズでは描かれていない、男と女の不倫の疑惑と、嫉妬が描かれている。「梅ちゃん」先生の成功は、それぞれの登場人物が新たなドラマを作り出していけることを示しているようである。

  テレビ朝日の人気ドラマで、秋の改編によって、水谷豊の相手役が入れ替わった「相棒」でも、鑑識係を主人公にした、いわゆるスピンアウト・ドラマが製作されている。

  梅子と信郎の夫婦の物語は、年齢を経るにして新しい展開をみせる。

 父親の下村建造は、大学を退官後、千葉の病院長として夫婦で家をでたが、ときどきは戻ってくる。

 つまり、三世代同居、そして、娘の夫、息子の妻、そのこどもたちが多く集まるシーンは、スペシャルでも変わらない。

  「梅ちゃん先生」は、東日本大震災で日本人が改めてその大切さに気づいた、家族の愛の物語であった。梅子を演じる、堀北真希が昭和生まれの女優であったのは、偶然ではない。堀北が終戦直後のシーンと、大震災後の風景を重ね合わせてみていることについては、このコラムのシリーズですでに述べた。

  今回のスペシャルをみると、「梅ちゃん先生」が改めて、「青春映画」の定番だったことに気づかされる。

 そして、地下鉄の駅の壁に張り巡らされた、ドラマのポスターの脇を通り過ぎながら、どこか懐かしさを感じていた理由もわかったのである。

 若い女優と男優が織りなす、テレビドラマは、「青春映画」である。

 それは、高度経済成長時代に、道路の脇の家の壁に映画のポスターが貼ってある光景と同じである。

 「梅ちゃん先生」の人気の底流には、シニアがかつてみた「青春映画」の残像が二重映しになっている。

 堀北真希の表情と、若き日の日活青春映画のスターである、浅丘ルリ子が重なる人もいるだろう。あるいは、東宝の酒井和歌子であろうか。

 わたしはどうか。内藤洋子であろうか、あるいは山口百恵であろうか。

  そして、現代のテレビの女優たちは、軽々と映画の境界を越えて、スクリーンとテレビの間を往復するのである。

  「梅ちゃん先生」を終えた、堀北真希はその後、映画「県庁おもてなし課」のクランクイン、11月にはクランクアップの予定のようである。高知県庁に実際にある課の物語である。

  さて、「梅ちゃん先生」スペシャルの後編で、梅子と信郎の浮気騒動の行方はどうなるであろうか。そして、梅子の親友たちの群像が繰り広げる、恋愛劇のドタバタは。

                                                                   (敬称略)

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