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現代女優論   草刈民代

2012年10月29日

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「Shall we ダンス?」から16年   どこへ向かうのか?

 中年のサラリーマンである役所広司が、帰宅中の満員電車からみあげると、ダンス教室の窓辺にたたずむ草刈民代に気づく。途中下車をして、役所がダンスを習いに通うきっかけである。

  草刈の映画デビューとなった、「Sall we ダンス?」(1996年)の登場シーンである。世界的なバレリーナとして知られていた、草刈はこの作品によって、数々の映画賞を受賞した。

  ダンス教室の教師役を演じた、草刈の清楚な美貌とダンスシーンの美しい印象があってのことであろう。

 バレリーナの演技力は十分であったにしても、女優のデビューは30歳代に入ってからであった。メガホンを握り、夫となった周防正人監督の慧眼に驚いた記憶が蘇る。

 あれから16年、草刈が実年齢の主婦を演じる。NHK「眠れる森の熟女」である。9月4日にスタートし、9回の完結予定である。

 第3回の「王子様は、二重人格」と第4回「女の人生、やりなおせますか?」を観た。

  草刈が演じる相沢千波は、銀行に入社し、夫と知り合って結婚、息子が生まれて幸せな生活を20年近く過ごしてきた。

  夫がある日突然、離婚を言い出す。ソーシャル・ネットワーク・サービスをきっかけに、交際が始まった中学校の同級生と再婚したいというのである。相手は女性誌の編集長である。

 そのショックからホテルのバーで酒によって、泥酔してしまった草刈が、解放してくれた匿名の男性によって高級ホテルの掃除婦として働くようになる。その男性の名前も顔も知らない。草刈は、ホテルの総支配人の秘書を通じて、その男性に手紙を書くようになる。

  実はその男性とは、その高級ホテルのオーナーの長男である総支配人の高岡裕輔役の瀬戸康史である。第3回のタイトルの「王子」とは、瀬戸である。従業員からそう呼ばれている。草刈とは20歳近くも若い。瀬戸は、自分が雇い主であることを隠して、草刈に返事を書く。

  この手紙のやりとりが、草刈と瀬戸の心理ドラマの重要な小道具となっている。古風な文通によって、あるときは励ましとなり、またあるときには気持ちのすれ違いを表す手法は新鮮である。

  瀬戸は徹底した合理主義者である。お客や従業員に対してはにこやかな好青年ぶりを発揮している。それは計算しつくされた演技である。

 第3回のなかで、草刈がたまたま客室の廊下で聞いた母子の会話から、宿泊しているその父親が誕生日であることを知り、その話を聞いた瀬戸が、バースデーカードと花を届けた後のシーンである。総支配人室に入っていた草刈に気づかずに、お客がよろこんだことを知らせる秘書に対して、瀬戸は「こころがこもっていなくても客が喜べばいい」という。

 それを聴いた草刈は愕然とする。

 第4回で、瀬戸が政略結婚の相手とバーで飲むシーンがある。愛のない結婚であることに、相手も納得している。瀬戸の複雑な家族関係が暗示される。

  「Sall we ダンス?」のなかで、草刈を一気にスターダムに押し上げた、あの清楚な美しさは、「森のなか」の主婦の表情からは消し去られている。しかしながら、瀬戸との関係が深まる予感が漂いはじめ、その草刈が美しさを輝かせる瞬間がくるであろうと思わせる。

  第4回のタイトルは、夫を奪った女性編集長の雑誌の特集の「女性はやりなおせる」と言葉遊びのように、合わせたものである。女性編集長は、雑誌に顔写真が掲載されている。その雑誌をみて、草刈は初めて夫の相手の顔を知る。

  女性編集長が、仕事の忙しさから草刈が働く高級ホテルの一室を昼間使ってリフレッシュする。その部屋の掃除にきた草刈は、忘れ物の携帯電話をみつける。編集長が部屋にあわてて戻ってくる。鉢合わせした草刈が、立ち去ろうとする彼女を呼び止める。

 「女性はいくつになってもやりなおせるのでしょうか?」と。

 「雑誌を読んでくださったのね」と彼女はこたえる。

 草刈は続ける。

 「大事なひとと20年も過ごした暮らしを奪われても・・・・」

 相手は、草刈が誰であるかを悟る。そして、深々と詫びの礼をする。

  「もう行ってください」

 草刈がそういった瞬間、カメラは、ふたりの足元をクローズアップする。編集長は派手なヒールである。草刈は掃除婦であるから、仕事用の底の低い靴である。

  この出来事があって、草刈は、瀬戸に手紙を書く。「女の人生は、やり直せますか?」と。やり直せる、という返事を期待して。

 瀬戸は書く。「やり直せない」と。そして、「そこから出発することが大切です」と加える。

 翌日、職場で生き生きと働く草刈のシーンと、それをみる瀬戸の表情のアップで、この回は終わる。

  草刈のミュージカルのデビュー作である、「9時から5時まで」を東京の銀河劇場で観たのは、今春のことである。宝塚出身の紫吹淳を相手役に回して、子持ちの未亡人のバイオレット役を歌と踊りで堂々とこなしていた。

 バレリーナ引退の舞台で全国を回った直後、新劇の舞台にデビューしたのは2009年のことである。

  遅咲きの女優である、草刈民代はどこに行こうとしているのであろうか。楽しみである。

                                                                                                                                                               (敬称略)

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