宝塚の娘役が花咲く時代とは
「黒い十人」のタイトルでまず、もしや、と思う。街頭の黒木瞳がストップモーションで一瞬止まり、そのコマが飛んで。やはりそうだ。
NHK BSプレミアムのドラマ「黒い十人の黒木瞳」の冒頭シーン、市川崑監督の手法である。このドラマは「黒い十人の女」(1961年)に捧げる、オマージュの刻印が押されている。
この映画の2年前、市川は日本テレビの演出顧問となり、当時は一般的であった生放送のドラマ「恋人」を製作した。63年まで9作品を演出している。
「黒い十人の女」は、テレビドラマを製作した経験が生きている。主人公の船越英二はテレビ局のプロデューサーである。美貌の妻の山本富士子に、愛人たちがからむ。女優役の岸恵子、CMガールの中村玉緒、ディレクターを目指している岸田今日子……。
草創期のテレビ局の喧騒と熱気を背景として、船越をめぐって十人の女たちの個性がぶつかり合う。山本富士子が船越英二をピストルで偽装殺人する事件から、ドラマの展開はスピードをあげて、宮城まり子の自殺に至る。
場面の転換は、芥川也寸志の女の情念がうねるかのような音楽である。
「黒い十人の黒木瞳」の演出家は、市川監督らしいスピード感にあふれる映像の転換と、テンポのよい会話が連続する、あの映画の魅力を十分に知っている。
脚本と演出は、タカハタ秀太である。映画からテレビのバラエティー番組、CM製作と活動の場は幅広い。
タカハタは、十人の女を黒木瞳ひとりに演じさせる。放映時間の1時間30分のなかで、長短10本のドラマが展開する、オムニバスである。
すべてに「黒い」のタイトルがつく。
「黒い餃子の女」のなかで、黒木は高級マンションに住むサラリーマンの妻を演じる。夫の大杉漣はイカ墨のスパゲティが好物である。愛人の井上和香のマンションでそれを食べ、そして自宅に戻って黒木に作らせて同じものを食べる。
井上は筆と墨を売る銀座の店の従業員である。黒木がその店を何度も訪ねて、最高級の墨を買う。
大杉と井上が愛し合うきっかけの約束の言葉は「シェアする?」。現実の場面は省略されて、卓上カレンダーにピンクのハートマークがついていく。大杉を玄関から送り出す井上をカメラが後ろから撮影して、スタイルのよい彼女の姿をクローズアップする。
自宅に帰った大杉は、黒木がいつものイカ墨スパゲティではなく黒い餃子を作っているので、ちょっと不信な表情を浮かべる。サラダを取り分けながら、黒木はいう。
「シェアする?」
餃子を黒木は食べない。大杉は、スパゲティも一緒に食べなかったことを思い出す。
黒木は、黒い液体が入った調理用の容器をみせる。井上の店で買った墨を、黒木が硯でするシーンがフラッシュバックする。
「黒い娘。二十四の瞳」は、黒木が本人と同じ福岡出身の24歳の娘役を演じている。父親は独身の娘を結婚させようと見合い話を持って、上京する。食事の途中も上司や取引先からひっきりなしに携帯に電話がかかってくる娘をみて、そのまま福岡に戻る。
父親が幼馴染と思われる大杉に電話する。大杉の娘は黒木の友人で同い年である。携帯電話で話し終わったシーンが転換して、ホテルで大杉と黒木がたわむれるシーンで終わる。
弁当づくりのパートを演じる「黒いパートタイマー」、道路の脇に座ってカウンターを持ってリサーチの人数を数える「黒いカチラー」、かつて愛人だった男の息子の婚約者としてその家に現れる、整形美人の「黒いママ~結婚~」……
それぞれ楽しめた。ドラマが転換するごとに流れる軽快な音楽もまた、市川映画における芥川也寸志に対するオマージュであった。
黒木はいうまでもなく、宝塚の娘役のトップスター出身である。その養成所である、宝塚音楽学校の時代に、いくつかの例外はあるものの、男役と娘役に分かれる。
筆者の知り合いの宝塚出身の元娘役によれば、娘役は勝気で男性気質で、男役は逆に女らしいという。
娘役の黒木はさっぱりとした性格のゆえに、どんな役でもこだわりなく、こなしているようにみえる。
宝塚の娘役も男役もそのトップを極めれば、スターである。退団した後の活躍具合はどうであろうか。
戦前から戦後にかけては、娘役の時代であった。黒澤明監督の「姿三四郎」で三四郎の藤田進があこがれる轟夕起子は、日活の石原裕次郎映画では母親役として欠くことのできない女優である。淡島千景、乙羽信子、月丘夢路……銀幕を彩った女優たちであった。
男役の時代になる分岐点は定かではない。そして、その理由も考えなければならない、芸能史のテーマであろう。麻実れい、大地真央、天海祐希……
時代は再び、娘役の時代に戻ろうとしているのではないか。黒木の活躍をみてそう思う。筆者の視野には、壇れいも入る。
男役と女役のスターの変遷とその理由とは。筆者には残念ながら宝塚の観劇の経験がない。このテーマは別の方にお任せしたほうがよいようである。
「黒い十人の黒木瞳」は、9月9日のNHK BSの放映をみた。再放送が待たれる。
(敬称略)
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