AKB48卒業 「マジすか学園」で演技力磨く後輩たち
「最高の7年間でした」――社会面の白抜きの2段見出しが躍る。「あっちゃん AKB48卒業」の横見出しもついて。マイクと握って熱唱する写真のモデルは、アイドルグループのAKB48のトップだった、前田敦子である。
8月27日、東京・秋葉原のAKB48劇場で、彼女は、女優に専念するためにグループを卒業するコンサートを開いたのだった。
弱冠21歳の女性歌手の卒業コンサートは、社会現象となった。グループの本拠地である秋葉原のビルは彼女の大きな写真で覆われたようになり、街路には顔写真の列である。フジテレビのダウンタウンのレギュラー番組である「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」は当日、特別番組として卒業コンサートを実況中継した。
山口百恵やキャンディーズの引退コンサートは、バブル経済に向かう熱狂の時代の風景としてよく覚えている。「失われた20年」をあとから振り返るとき、「あっちゃん」の卒業コンサートを思い出すのだろうか。
「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」の特別番組の視聴率は、14%を超えて、前週の2倍だった。
実況中継の前に、第1部として、前田とメンバーたちが思い出を語りながら、ヒットナンバーを歌う。第2部では前田を中心として、「会いたかった」、「フライングゲット」の初期のヒット曲から、「Everyday、カチューシャ」、そしてラストソングは、「桜の花びらたち」だった。
メンバーたちはかわるがわる、前田の思い出を語る。板野友美は感情のもつれがあったことをわび、直前に仲直りをしたことを告白する。第1期生のオーディションに落ちて、ファンに飲み物をサービスする「カフェっ娘」から昇格した、篠田麻里子は、前田が暖かくメンバーに迎えてくれたエピソードを話したあと、抱きしめあって涙を流す。
前田は終始、涙をこらえ、笑顔で卒業する思いを語り、そして、客席に感謝のお辞儀をしたあと、客席を背にしてメンバーに深いお辞儀をする。
「あっちゃん」は、引退するのではない。卒業するのである。この熱狂はなんなのであろうか。似ている現象を強いて探しだすとするならば、宝塚音楽学校に入学した生徒たちが、卒業し、それぞれが俳優としての道を歩み出す瞬間であろうか。
宝塚音楽学校に入学したからといって、劇団に入団できるわけではない。「女の園」は、男女交際を禁じられ、厳しいレッスンのなかで競争が繰り広げられている。ダンスからバレー、日舞そして声楽はもちろんのこと、ピアノのレッスンもある。
「花」「月」「雪」「星」「宙」の組に配属されて、娘役と男役のトップに登りつめる者は、同期のなかでも数少ない。
日本の興行史のなかで、かつてないイノベーションを起したAKB48のプロデューサーは、秋元康である。秋元は高校時代にラジオの脚本を売り込んだことから、芸能界に縁ができる。稲垣潤一の「ドラマティク・レイン」によって、作詞家と知られるようになる。ホラー小説「着信アリ」は、映画やテレビドラマにもなった。「グッバイ・ママ」では映画の監督もてがけている。
「HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP」の特別番組のなかで、メンバーたちにとって秋元とはどんな存在なのか、という質問に対して、「先生」とひとりが答えてほぼ全員がうなずいた。AKB48はやはり、宝塚のような存在である。
日々のレッスンに手を抜かず、厳しい競争のなかにメンバーをたたき込む。シングルの発売を前にして、ファンの投票によらずにジャンケンによって、センターつまりリーダーを選ぶ、という破天荒な競争もあった。
秋元が作詞家として、作家として、そしてプロデューサーとして、いかに企画を立てるのかついて書いた『企画脳』(PHP文庫)は、ジャンケンが強いことに意味があることを説いている。
「『企画脳』のために基礎体力をつけるためには、ジャンケンが強くなくてはいけない。
なぜか。……みんな似たような能力があって、人間なんてあまり変わらないなかで、どうやって人より前に出て企画を売り込んでいくか……そのときに必要とされるのが、俺はジャンケンが強いという『根拠のない自信』なのである」
卒業した「あっちゃん」の女優としての進路はどうか。「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(2011年)の映画で初めて、主役のマネージャー川島みなみを演じた。
難病のために入院してマネージャーができなくなった、親友にかわってチームを甲子園まで導く前田の演技は、アイドル映画のそれではなく、鑑賞に耐える。
テレビ東京の深夜枠のドラマ「マジすか学園」はいま、シリーズ3である。AKB48のメンバーが演技を競う。秋葉原の劇場が、実演を学ぶ場所であるのと同じように。今回のシリーズの設定は、不良少女たちが入れられている刑務所が舞台である。
島崎遥香が主役のパルを演じている。前田はシリーズ1で主役を務めた。
秋元は『秋元康の仕事学』(NHK出版)のなかで、AKB48は小劇団やロックアーチストと同じように、その成長の過程がファンにみえる、といっている。
「ドキュメンタリーである」と。
前田が卒業しても、AKB48のドキュメンタリーは続く。 (敬称略)
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