政治経済情報誌・ELNEOS 3月号寄稿 ほまれもなくvそしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防
「次に来る時代」を読む②
企業や組織の広報部門は、経営情報を収集する先端に位置する。
新聞や雑誌などのニュースのクリッピングまず、広報部門の大きな役割である。それは役員や幹部社員らの経営層の元に届けられる。
諜報機関の「インテリジェンス」の情報源は、八割が公開されているものであり、残りが人的な接触による「ヒューミリエント」である、といわれる。
経営層が多岐にわたるメディアを総覧することは困難である。定期購読の新聞や雑誌には限りがある。広報部門が経営層に代わって、情報を収集することになる。
情報を選択する視点はどこに置くべきなのだろうか。この項目では、次の時代に来るものを読む機軸を設定することが大事ではないかと説いてきた。
最新刊の『<インターネット>の次に来るもの』(ケヴィン・ケリー著、服部桂訳・NHK出版刊)が、それに役立つ必読の書ではないか。
「近未来の私の一日は、いつもこんな感じで始まる❘❘台所にトースターより小さな錠剤製造マシンがある。……パーソナライズされた錠剤を一つ(あるいは二つ)作ってくれるのでそれを飲む。日中は私のウェアラブル・センサーでトラックキングされることで薬の効果が一時間ごとに計測され、クラウドに送られて分析される」
「私の個人のアバターがオンラインにいて、どの小売店にもアクセスする。それは私の体のすべての個所の完全な計測データを持っている。……私のプロフィールは、まるでアバターのようにユバーサル・ユーで管理されている。……朝起きると、私の最新のストリーミングの中から私が朝に最も知りたいニュースをフィルタリングして届けてくれる」
「IоT(Internet of Things)」つまりインターネットがあらゆるモノの端末につながる未来を描きながら、さらに我々の生活がどのような方向にあるのかを論じている。ビジネス書としてベストセラーになっているのもうなずける。
新しい時代の端緒は、著者のケヴィン・ケリーが指摘しているように、一九八〇年代のデジタル情報革命である。
日本の企業のなかでも、富士フィルムのように、デジタル化が進んだ先にそれまでのフィルム需要が激減することを読んで多角化に成功した企業もある。デジタル化のスピードが想定よりも急速だったことは、首脳によって繰り返し語られている。
デジタル化が気泡に終わった歴史が語られることがある。アップルのiPhoneと同様の商品を三洋電機が試作していたり、ソニーは実際に音楽の配信事業を始めたりしたが、それはiTunesのようなオープンなプラットフォームではなかったために失敗に帰した。
メディアが伝える公開情報から、企業の次の戦略に役立つ情報を選択する、広報部門の責任は重大である。業界や自社に関する情報のみに限定してはならないだろう。また、メディアが大きく取り上げている話題が必ずしも将来の経営に役立つわけでもない。繰り返しになるが、情報を選択する機軸が必要なのである。
(この項了)
エルネオス 田部康喜 「広報マンの攻防」 寄稿
広報パーソンは組織における神経細胞の結節のシナップスである。消費者をはじめとする対外的な情報発信をいかにするか、シナップスを通過する情報を精査する。
もうひとつの機能は、社会にとって重要な情報にもかかわらず、組織のなかで過小評価されているか、華々しくはみえない活動を掘り起こすことである。
こうした広報パーソンの役割は、このシリーズで幾度も述べてきたように、ジャーナリストのそれと変わらない。組織の真実を消費者に伝えるという意味において、ジャーナリストと広報パーソンは裏表の関係にある。どちらが表裏かは問題ではない。
余談になるが、広報室長として働いていた時、このなかの三人と組んで記者クラブにメディアの一員として加わったなら、他社との競争にかなり勝てると確信したものである。
さて、組織内の「新しい情報」を掘り起こすためには、世界つまり社会が向かっている方向性を定めるが常道である。ジャーナリストの指針でもある。
日本経済新聞の元旦の社説は次のようにいう。
「『フラット化する世界』でグローバル化のありようを描いたトーマス・フリードマン氏。近著『Thank you for being late』で、デジタル化の衝撃を『スーパーノバ』(超新星)と名付けた。『iPhone』や『Android』が生まれた〇七年がグーテンベルク以来の技術的な転換点の年だったと指摘している。この間、デジタル技術を使うコストは驚異的に下がった。人間一人分のヒトゲノムの解析費用は、〇一年一億ドルだったのが、一五年には一〇〇〇ドルに下がった」
日経の社説子は〇七年当時、「超新星」の強烈な明るさを認識できなかったようにみえる。「iPhоne」の専売権を握った孫正義氏はいうまでもなく、「超新星」を見ていた。
新聞記者時代の私の指針は一九八〇年に日本語版が刊行された「第三の波』(アルビン・トフラー)だった。農業革命と産業続くデジタル情報革命は、すべての産業を変えていくという予言である。デジタル情報革命を声高に唱えていた、日本の経営者は当時、孫氏ぐらいだった。
「Windоws3・0」の日本語版が発売された一九九〇年、デジタル情報革命の視点からみると、日本の電機メーカーが製造していた、「日の丸ОS」をベースとしていたPCがマイクロソフトに席巻される瞬間だった。
経済面をはじめ多くの面で記事を展開した。ライバルの経済面のトップが「北朝鮮からのマツタケの輸入増える」であったことを覚えている。
広報パーソンがこれからの指針とすべき著作は『<インターネット>の次に来るもの』(ケヴィン・ケリー著・服部桂訳)だろう。
次の時代の準備がすでに過去十数年の間に行われていたことがわかる。グーグルは単なる検索サービスではない。創業者たちは、設立当初から人口知能(AI)に検索する人々と検索結果の「知」を学ばせるシステムを構築していたのである。
(この項続く)
フジサンケイビジネスアイ 寄稿
東京・銀座の歌舞伎座の近くに、「スワン・ベーカリー」銀座店はある。パイ地を生かしたレモンのパンを買って食べた。以前住んでいた地域にあった、チェーン店の懐かしい味である。
宅急便を創業した、ヤマト運輸の故・小倉昌男氏が私財を投じたヤマト福祉財団が、障害者に働く場を作ろうと、銀座に第1号店を開店したのは1998年6月。いまでは、ベーカリーばかりではなく、カフェの業態も加わって全国で29店にもなる。小倉氏は障害者に月額10万円の支給する目標を成し遂げた。各地の作業所が月額1万円だった常識を打ち破った。
小倉氏が社長時代に、景況に関するインタビューで数回会ったことがある。宅急便の創業に当たって、運輸業の免許などを巡って中央官庁に訴訟を起こすなど、戦う経営者のイメージとは異なって、学者然とした丁寧な物腰に驚いたものだった。
ノンフィクション作家の森健氏は、最新刊の「小倉昌男 祈りと経営」(小学館ノンフィクション大賞)によって、小倉氏の内面を描いて、表面的な経営者としてではなく、人間としての相貌を描いた。小倉氏は妻と同じカトリックに改宗して、深い信仰の世界に入った。会長を退任後、障害者の支援に没頭する。こうした背景に、小倉氏が家庭的な悩みを抱えていたことを、森氏は明らかにする。妻は自死したと考えられ、娘は長らく精神疾患に苦しんでいた。
ガンを患い、最期を悟った小倉氏は、精神疾患が完治した娘の家族と暮らすために、ロスアンゼルスに向かう。
銀座の街は、創業者の思いが残された場所である。ホンダの創業者である本田宗一郎氏は、社長を退任後、この地の古いビルに事務所を構えた。私財を投じて、若手の工学研究者に奨学金を支給する「財団法人作行会」や、科学技術の振興の「ブレーン・サイエンス財団」などの活動を続けた。
ランドマークである、ソニービルはいうまでもない。開業から半世紀を経て、来年春には解体作業が始まり22年に新ビルが完成する。これに合わせて、当初からのショールームは来月、近くの新築のビルに移転する。創業者の井深大氏が、幼児教育に精魂を込めた理由は娘の知的障害であったことは知られている。
小倉氏がそうであったように、本田氏も井深氏も最期は静かなものであった。
創業者たちの去就をめぐって、さまざまな出来事があった。ソフトバンクグループの孫正義代表は、いったんはトップの座を譲ろうと考えたが翻意した。日本のコンビニエンスストアの創業者である、鈴木敏文氏はトップの座を追われた。大塚家具やロッテの「お家騒動」は記憶に新しい。
「死の直前に走馬灯のようにめぐる自分の人生に、満足できるように生きていこう」と、孫氏が幹部たちに語っていたこと思い出す。創業者とは、人生の終着点まで生き抜く気概を持った人々である。
エルネオス 田部康喜 「広報マンの攻防」 寄稿
ネット・メディアに対して、どのように臨むのかは、広報パーソンにとって課題となって久しい。
インターネットの先端企業の広報室長に就任した十数年前、ネット・メディアの若手記者が大手新聞社から転職した経歴の持ち主であることを知ったときには、いささか驚いた。それもひとりではなかった。
彼らが書いている記事の影響力については、部下たちから学んだ。一般的な新聞は若者たちの読み物ではなかったのである。
時代はさらに進んでいる。「キューレーション・サイト」と呼ばれるネット・メディアの「グノシー」はいまや上場企業である。「キューレーション」とは、博物館や美術館の学芸員が展示物を目利きするように、ニュースを集めてみせる、意味である。
大手新聞や雑誌の記者や編集者から、こうしたネット・メディアへの転職の流れは強まる一方である。この分野の起業の動きもある。
ネット・メディアの真贋(しんがん)を見極める方法はあるのか。ネット・メディアの質に関する重大な事件が起きた。
IT業界大手のDNAが運営する「キューレーション・サイト」が閉鎖に追い込まれた。最初に問題になったのは、健康サイトの「WELQ」サイトだった。医療情報に関して、専門家の点検を受けずに、誤った記事が掲載されたのである。最終的には旅行に関するサイトなど、計九サイトが閉じた。
これを発端にして、リクルートホールディングスもアニメに関するサイトなど、計四サイトのほとんどの記事を、サイバーエージェントも同様の措置を取った。
こうしたまとめサイトの記事がどのように作られていたのか。ネットに詳しい、個人投資家・作家の山本一郎氏の論考はメディア業界全体にも衝撃を与えた。
「リライトツール」と呼ばれるソフトが、元凶である、と山本氏は指摘している。ネット上で一万五〇〇〇円から四万円で売られているという。
このツールが要求する基準によって、ネット上の情報を入れ込むと、自動的に何種類ものリライトした原稿ができる、というのである。
さらに、山本氏は「これらのシステムを転がすだけでは……マウスをポチポチやらないといけません。なので、コピペとリライト作業をもっと効率的にするために『お目当てのキーワードを入れるだけでネットから品質の高い記事をコピーしてきてリライトソフトにぶち込んでくれるBОT』が出回ることになります」という。BОTとはロボットである。
山本氏によると、こうしたBОTとリライトソフトの組み合わせで、一日二時間サーバーを稼働させるだけで、約二〇〇〇字数の記事が三〇〇本できるという。
既存のメディアの世界でも「ロボット・ジャーナリズム」は最近の論点である。AP通信が企業の決算報道に当たって、単なる決算単身はロボットに任せ、記者は深い分析記事を書く体制を整えつつある。
広報パーソンが向き合うのは、血が通った記者ではなく、BОTである時代である。
フジサンケイビジネスアイ 寄稿
築地移転延期と新国立問題の深層
東京湾横断する新交通ゆりかもめの市場前駅に近づくと、巨大な建物が車窓を覆う。「11月7日 豊洲市場 開場!」の白い横断幕が台風一過の青空に浮かび上がる。駅の改札口を出ると、新市場に新橋からつながる環状2号線をまたぐ陸橋の工事現場が見えた。
復路は、汐留駅で乗り換えて大江戸線で地下に潜る。沿線は勝どき橋東地区をはじめ、再開発計画が目白押しだ。国立競技場前駅で下車してみれば、白いフェンスに囲われたなかで、新国立競技場も建設が進んでいる。東京都の小池百合子知事はこの日、8月31日に築地市場から豊洲市場への移転の延期を発表した。
「東京大改革」を掲げて当選した小池知事が焦点を当てているのが、豊洲市場の移転問題と東京五輪の巨額な施設と運営費用である。外部の有識者を入れた特別チームを編成して問題の解明に当たろうとしている。
ここで小池知事が見失ってはならない視点は、個別の問題を掘り下げることも重要であるが、都の財政が再開発に大きく頼っている構造である。神戸湾内に人工島のポートアイランドなどを建設した「株式会社神戸市」にならっていうならば、「株式会社東京」は再開発至上主義に陥っている。都市整備局によれば、都内の再開発地区は7月末時点で219地区。都の税収を税目別の構成比率でみると、法人事業税・法人住民税と個人都民税は、経済の動向を反映して伸縮が著しい。
これに対して、再開発にともなって増える固定資産税・都市計画税は3割前後で安定している。2015年度において都税収入の総額5兆216億円のうち、固定資産税が1兆1254億円、都市計画税が約2174億円に上る。
都が主導する再開発計画によって、インフラの整備を進めれば地域の地価が高騰して固定資産税・都市計画税が安定的に入る。開発業者にとっては道路や地下鉄の延伸は大きなメリットである。再開発の認可には都議会が力を持つ。都の官僚たちにとっては人件費の確保につながり,天下り先が生まれる可能性もある。
新国立競技場の建設にともなって、都は周囲の再開発予定地区の容積率を増大させた。豊洲市場向かう環状2号線は、そもそも関東大震災後の帝都復興計画にさかのぼる。新橋から神田佐久間町までの約9.2キロだったのが、1993年に起点が江東区有明に延伸された。
再開発至上主義の構造から脱却する政策は、「成熟都市」や「安心・安全」といった美辞麗句が並んだ都の「東京都長期ビジョン」ではなく、都市計画の大きな目標を掲げた見取り図が必要である。さらに、海外で成功した都市計画について、北海道大学の越沢明名誉教授は「インフラ整備の負担を一定のルールにしたがって受益者(地権者)に課すことが多い」と述べている。