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コラム

情報共有の失敗

2017年12月4日

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政治経済情報誌・ELNEOS 9月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

 歴史学者の戸部良一氏らによる『失敗の本質』(中公文庫)は、太平洋戦争における日本軍の戦略と組織を分析して、その敗因を探った名著として、組織の危機管理を担当する人々の必読の書とされてきた。

 ただ、現代企業の広報パーソンにとっては、戦争という極限状態にあった軍隊と、自らの企業の組織とを結びつけて理解するためには、熟考のひと段階が必要である。

 福島第一原子力発電所の事故に焦点を当てた、最新刊の『失敗の本質』(講談社現代新書)は、2011年3月11日に起きた事故以来、NHKスペシャル「メルトダウン」シリーズをてがけてきたチームによる力作(以下、NHKの『失敗の本質』)である。

 企業の広報パーソンは、ふたつの『失敗の本質』によって、危機管理について考えるバイブルを得たといえる。

 NHKのチームはまず、先人の著作に対して敬意を表する。

 「日本軍という組織は、実は平時に有効に機能したが、危機、すなわち不確実性が高く、不安定な状況で有効に機能しなかった。それゆえ、危機に直面した日本の現代組織にとっても重要な教訓になりうる、と繰り返し記されている」

 そのうえで、NHKの『失敗の本質』は、原発事故の取材の過程で既視感を感じるのである。

 「あの事故への対応も、巨大地震が起きた直後は、マニュアルに従って、ほぼ有効に機能していた。ところが、巨大津波の到達で全電源喪失という、不確実性が高く、不安定な状態が続く本当の危機を迎えた途端に、リーダーや現場の個人個人が懸命の努力を尽くしても、その集合集団である組織が機能不全に陥り、事故の進展を食い止めるチャンスを失っていく」

「福島第一原発事故の進展のなかで、最大のターニングポイントではなかったか。この問題意識にこだわって、取材班は6年にわたって検証取材を続けてきた」という。

 それは、全電源を失っても原子炉を冷却できる装置をめぐる対応である。「非常用復水器」(Isolation Condenser)略して「イソコン」と呼ばれる。原子炉で発生した高温の水蒸気で駆動し、電気がなくとも動き続けて冷却水タンクを通っても冷やされた水が原子炉に注がれる。少なくとも8時間程度は稼働して、その間に他の方策を探ることができる最後の砦だった。

 イソコンの操作を熟知しているのは、制御室の運転員たちであった。彼らは懸命にイソコンの稼働に取り組んでいたが困難を極めた。全体の指揮を執っていた吉田昌郎所長にその情報は伝わらなかった。東電のキャリアである吉田はそもそも、イソコンという複雑なシステムはわかっていなかった。原子炉の冷却は続いていたと思っていたのである。

「情報共有の失敗」こそ、福島原発事故のメルトダウンの原因である、とNHKの『失敗の本質』は断じる。

 イソコンが稼働していれば、建屋の壁に空いた「ブタの鼻」と呼ばれるふたつの穴から水蒸気が出るはずだった。所員はほのかにあがる蒸気をみた。しかし、本来は轟音をあげてたちのぼるものであり、イソコンは動いていなかった。稼働試験を約40年も行っていなかったので、所員は実は、本当に確認できていなかったのである。

 

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政治経済情報誌・ELNEOS 11月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

 神戸製鋼所が、アルミなどについて発注者の品質を下回る製品を不正に納品していた問題は、その製品が国内のみならずゼネラル・モーターズ(GM)の車体やボーイングの航空機にも使用されていたことが明らかになって、世界に波紋を投じている。

 日本製品の品質に対する不信を招き、神戸製鋼所のみならず、企業経営に深刻な打撃を与えるのは間違いない。 

 日本企業の広報部門において、同社は危機管理や情報公開の面で優れた、企業に与えられる経済広報センターの「企業広報賞」の部門賞を受賞したこともあって一目置かれていた。秘書広報部長が二〇〇四年度の「企業広報功労・奨励賞」を獲得したのである。広報パーソンを輩出している企業とも知られていた。それだけに、企業の広報パーソンにとっては今回の事件は衝撃だった。

 このシリーズでは、最新刊の『大惨事と情報隠蔽』(以下『大惨事』。ドミトリ・チェルノフ、ディディエ・ソネット著=草思社刊)を手掛かりとして、企業が大惨事に見舞われる原因を探ってきた。本書は日本を含む世界の企業の危機をについて、ケーススタディの形で論述を進めている。

 今回の神戸製鋼所による、製品の品質偽装が同社にもたらす大惨事の行方を示すのは、二〇一五年秋に米国環境保護庁(EPA)が摘発した、フォルクスワーゲン(VW)のディーゼルエンジンの排出不正問題だろう。

 VWが環境当局のEPAとの間で総額一四七億ドルの賠償金を支払うことで和解した。この金額は米国が自動車メーカーに課した最高額である。VWは一連の罰金のために、銀行から数十億ドルを借り入れた。さらに、従業員六〇万人のうち三万人をリストラした。

 VWが陥った事態の背景について、『大惨事』は次のような要因をあげる。

■過去に同様の不正事件では少額の罰金を払えばそれですまされた

■“成功ありき”“悪い知らせには耳を貸さない”“やっつけ仕事”の企業文化

■経営や会社全体に対する監査役会の管理が甘かった

■内部統制が弱かった

『大惨事』は次のように経営陣の責任を追及する。

「VW上層部の不正操作への関わりについて、わたしたち著者の意見をここに記す。……『不正を知っていたのは数名のソフトウェア・エンジニア』だけだったというVWの主張は極めて疑わしい。これまでの情報隠蔽の事例を多数検証してきた経験にもとづけば、VW上層部は二〇〇〇年代半ばから不正操作を知っていた可能性が高く、VWの各ブランド車のエンジンに違法なソフトウェアを搭載することを非公式に認めていたと考えられる」

 神戸製鋼所の首脳陣は、記者会見において、不正は十年前からである、と断言していた。

 ところが、本稿執筆中の一〇月中旬に毎日新聞が、元社員らの証言に基づいて不正は四十年以上前から状態化していた事実を報じた。

 受注先の品質を下回る製品を出荷するにあたって「特別採用」略して「トクサイ」という用語が社内で一般的だったというのである。

 企業広報の分野でかつて輝いていた同社の広報部門は、企業の存亡の戦いの正面に立っている。

           (この項了)

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政治経済情報誌・ELNEOS 10月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

「一般的に、人生でもっとも成功するのは最良の情報を手にした人間である」

(ベンジャミン・ディズレーリ)

  古今東西の人物の箴言を要所に配しながら、世界的な危機管理の事例について分析した、最新刊の『大惨事と情報隠蔽』(ドミトリ・チェルノフ、ディディエ・ソネット著=橘明美、坂田雪子訳・草思社)は、原発事故から大規模なリコール、金融不祥事まで、隠蔽の共通性について示唆に富む。

 日本の大企業による危機管理が、世界のなかでどのような位置づけにあるのかが、はっきりとわかる。

 筆者のふたりは、チューリッヒ工科大学の「企業家リスク」講座の研究者である。原著は二〇一六年刊。日本語版のために、フォルックスワーゲンによる、ディーゼルエンジンの燃費偽装事件に関する論考が加えられた。

 福島第1原子力発電所のメルトダウンの大惨事がケーススタディとして取り上げられているのはいうまでもない。このほかに、日本企業がかかわった事件として、トヨタの大規模リコールとアクセルペダル問題、ソニーのバッテリー・リコール問題が並んでいる。

 北朝鮮による核、水爆と大陸間弾道弾の実験によって、地政学的危機が高まっている。東芝の半導体部門の売却先は、本稿執筆時点でも決まっておらず、経営実態の隠蔽の行方は混とんとしている。企業や官庁など組織の危機管理の前面に立っている広報パーソンは改めて「大惨事」と「隠蔽」について考えてみるときである。

 「罪もごまかしもたくらみも詐欺も悪も、すべて見えないところでひっそり生きているものだ」

 (ジョセフ・ピューリッツァー)

  ドミトリ・ チェルノフとディディエ・ソネットは情報隠蔽・歪曲の原因を分析する。ふたりは五点に絞りこむ。

  • 1 外部環境はどのように情報隠蔽を誘発するのか
  • 2 組織の目的・戦略・管理方法は情報隠蔽にどのようにかかわるのか
  • 3 危機の伝達経路の不足
  • 4 リスク評価と危機知識の管理
  • 5 管理職と従業員の個人特性

 外部環境のなかでは「政治・ビジネスの近視眼的傾向」をあげる。

 世界的な技術革新の流れはすさまじく、発電所や重工業、通信インフラなどの複雑なシステムは、初期計画段階の技術が中期、長期的にその技術が陳腐化していることが多い。

 また、グローバル化によって、投資機会が増えた投資家を引き留める競争が激化している。この競争に勝ち抜くためには、短期的な利益を確定するために限界的な領域に踏み込む。

 民主制のマイナス面である、政治家が次の選挙に勝ち抜くために短期の成果を上げる経済政策をとる。

 さらに、「国家安全保障」が外部環境として企業を隠蔽に追い込む。

 ある情報がこれにからむと、国民ばかりではなく、政府の組織内部に対してもその開示が厳しく制限される。「秘密主義が徹底されると、必要なときに情報が肝心の意思決定者に届かないことも起こりうる。組織内の多くの階層を経るような特殊な伝達経路では、緊急情報を迅速に伝達することは難しい」のである。

         (この項続く)

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フジサンケイビジネスアイ 寄稿

「郊外」という夢から覚めて

東京・新宿から京王線準特急に乗って約30分で京王永山駅に着く。梅雨の間の強い日差しの下、緑にあふれた街路を走る巡回バスの中の乗客はほとんどが高齢者である。

 稲城市と多摩市、八王子市、町田市にまたがる日本最大級の「多摩ニュータウン」はもうすぐ半世紀の歴史を刻もうとしている。バスの停留所がある諏訪地区は、1971年の第1次入居が始まった4階や5階建てのアパートが立ちならぶ。

 多摩丘陵を開発した緩やかな陽の当たる坂道は、いまや高齢者が歩いて上るにはちょっと息が切れる。ニュータウンの人口は、2016年10月現在で約22万4000人。高齢化率は22.2%である。

 建築家の隈研吾さんは「20世紀に登場した『郊外』という形式こそ、ヴァーチャルな都市の先駆者である。様々な歴史、時間が染み付いているはずの『土地』の上に、その場所とは無関係な『夢』を強引に構築する方法で作られた街が『郊外』と呼ばれた」と述べる。「現実のすすけた姿がのぞいて見えてしまった途端に、人々は夢から覚めてしまう」と。

 ニュータウンの地域ばかりではなく、都区部の西側に広がる多摩地区の産官学の連携を目指す「学術・文化・産業ネットワーク多摩」の専務理事である、中央大学教授の細野助博さんを訪ねた。組織の立ち上げから専務理事としてかかわり今年度で17年目を迎える。「これからの活動はバージョン2.0になります」と語る。

 細野さんのバージョン1.0時代を総括する視点はこうだ。バブル崩壊まで大学も住民も大移動してきて、「郊外時代」は多摩地区にとって僥倖(ぎょうこう)だった。バブル崩壊によって首都圏は夢の時代を早々に卒業した。しかし、多摩地区は自治体の危機感が薄く、「平成の大合併」も見送った。

 隈研吾さんの言葉を借りるならば、多摩地区はいま「郊外の夢」からようやく覚めたのである。大学と住民の「都心回帰」によって、将来的な人口減少と少子高齢化の現実に向かい合わなければならなくなった。

 「ネットワーク多摩」が描くバージョン2.0は、大学間の連携と地域の人材育成、国際交流を成し遂げようというものである。多摩地区には戦前から航空機、電機メーカーが集積した歴史から、中小企業のなかにもアジアを中心に拠点を置いているところが少なくない。大学生が都心回帰するなかで、留学生の数は増えている。インターンシップを通じて人材育成ができるのではないか、と細野さんは強調する。

 多摩地区の企業が出資する「多摩未来奨学金」制度や「まちづくり・ものづくりコンペティッション」など、新たな産官学の在り方を模索している。

 多摩ニュータウンの入居者の第1号の人々が夢を見た、諏訪2丁目の団地が再開発されて、戸数を増した高層マンションとして生まれ変わったのは2013年秋のことである。旧住民に加えて若い層が新入居した。地域は新しい夢を紡ぎつつある。

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政治経済情報誌・ELNEOS 9月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

 安倍晋三内閣に対する、森友学園と加計学園にからんだ疑惑はいまだにはれてはいない。経営危機に陥っている東芝はようやく二〇一七年三月期の決算発表までこぎつけたが、半導体部門の売却の先行きが見通せないために、上場廃止の危機は去っていない。

「権力は腐敗する」や「資本は暴走する」といった言葉でこうした事態を説明するだけでは十分ではない。

 組織の広報部門は、メディアから得られる世論あるいは「世間の常識」をトップに伝えて、危機管理に当たるのはいうまでのない。しかし、最近の政官財の危機に際して広報パーソンの存在感はまったくない。

 菅義偉官房長官に対する、東京新聞の女性記者の舌鋒鋭い質問が話題になっている。メディア側の論理でいえば、政治部が属する官邸記者クラブが、政局や政策などを取材するのに対して、社会部の内閣記者会は、疑惑を追及する、という役割分担である。

しかし、政府の広報担当のトップとして平日の午前と午後の記者会見をこなす菅官房長官に対する、世論の不信が社会部の背を押している。

 このシリーズでは、日本の組織がなぜ繰り返し失敗するかについて、探ってきた。作家の橘玲氏は最新刊の『幸福の「資本」論』(ダイヤモンド刊)によって、その問題について新たな視点を示している。

「伽藍(がらん)型」と「バザール型」の組織というふたつの組織の形態について、橘氏は分析している。寺院の建物の伽藍のなかに、人を閉じ込めたような組織と、バザールのように出入りが自由な空間とルールを持つ組織の対比である。

 日本の官庁や大企業は「伽藍型」である。その組織原理は、「年功序列」による終身雇用と、新卒一括採用による「年次主義」である。

 同期の間の激しい競争を招き、その結果としてミスのないのがよしとされる組織風土が形成される。年功序列で終身雇用であるから、組織を途中で逃げ出せなくなる。

 組織に入ったときは「ミドルリスク・ミドルリターン」にみえるが、組織が衰える危険性が高まっているいま、「ハイリスク・ローリターン」になる。

「伽藍型」の典型は官僚であり、大企業である。メディアもそのなかに含まれる。中途入社者も増えてはいるが、彼らにも年齢や学歴、経験などを加味して見なしの年次が与えられる。組織名に編集局など軍隊の組織名の「局」を冠するのも、伽藍型の特徴である。

 旧日本軍では陸軍大学や海軍大学の卒業成績が一生ついてまわる。現代の国家公務員上級試験の成績順も同様である。

加計学園の獣医学部新設をめぐって、官邸の関与を指摘している、前文部科学省事務次官の前川喜平氏が、上級職試験の四番であったことが伝わっている。上位は旧大蔵省、通産省である場合が多いが、四番であれば将来の事務次官はほとんど約束されていた。

「バザール型」はいまやグローバル・スタンダードである、と橘氏は強調する。

 無責任体制を生む「伽藍型」組織のなかで、広報パーソンはいかにあるべきか。社会にとって自らが何をもって貢献するのか、を常に考えていくしかない。その先には、「バザール型」組織への転身も考えられるかもしれない。       

 

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