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コラム

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政治経済情報誌・ELNEOS 2月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

 東京医科大学が、合格点をクリアした女子受験者や多年の浪人受験生を不合格にした問題などについて第三者委員会の最終報告書をホームページに掲載したのは二〇一八年十二月二八日のことである。平成最後の歳末の押し詰まった時期。過去の経緯から考えて、当然開かれるべき記者会見もなかった。

 文部科学省の私立大学支援事業をめぐる汚職事件で前理事長と前学長が贈賄罪で在宅起訴されたのは一一月のことである。ふたりは収賄罪で起訴された前文科省の局長に対して、補助金の見返りとして、東京医大を受験した局長の息子が合格点に達していなかったにもかかわらず合格にした、という容疑である。贈収賄事件は七月に発覚、翌月には入試の不透明さが浮上した。

 株式上場企業に課される「適時開示」の原則は、企業が決定や不祥事を認識した「適時」に「適切」な開示を求めている。

 この原則は、会社法や証券取引所の規則の側面から説明されることが多い。しかし、企業の広報パーソンが熟知しているように、「適時開示」の範囲はメディアとの攻防のなかで拡大してきたのである。

例えば、決算の記者会見におけるリリースの中身はかつて、売上高と営業利益、計上利益、税引き後利益、そして来期の予測に加えて、簡単なバランスシートが付されているだけだった。最近の決算リリースは、最終的に株主総会に提出される有価証券報告書に近い多数の情報が盛り込まれている。

 「メディアは権力をチェックする役割を担う第四の権力である」と、政治部や社会部のように息みかえらなくとも、経済部あるいは金融部の記者たちたちは企業とともに企業の情報開示の原則を積み重ねてきたのである。

 東京医大の最終報告書の情報開示のありようはどうか。「適時」ではなかったことは明らかである。「適切」であったかどうかは、報告書の中身を見ていく過程で論外であることがわかる。

 そのまえにまず、日本弁護士会連合会が二〇一〇年七月(同年一二月改定)に策定した「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」について触れたい。策定にあたっては「企業等」に、官公庁や地方自治体、独立行政法人、大学、病院などが含まれるとしている。

 東京医大の最終報告書も、このガイドラインに沿ってまとめられた。ガイドラインは、第三者委員会の不祥事に対する調査や認定、評価などの「活動」と、「独立性と中立性」、委員となる弁護士はその事業に関する法令の素養があり、内部統制、コンプライアンスなどに精通した人でなければならないことなどを示している。

 このガイドラインも改定の時期にきているのではないか。「適時開示」の原則が盛り込まれていないのである。第三者委員会から報告書を受け取った上場企業は、適時開示する義務を負う。ガイドラインが想定しているさまざまな組織もまた適時かつ適切な情報開示をすべきなのは論を待たない。

 東京医大の最終報告書が適切性も欠いているのは、試験問題が漏えいした疑惑も浮上してことを取り上げながら、詳細な調査を怠っていることである。さらに、医学科のみならず、看護学科でも医学科同様の入試不正があったことに確信を持ちながら、その実態の解明に至っていない。

        (了)

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政治経済情報誌・ELNEOS 1月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

 中国のアリババグループの創業者である、ジャック・マー会長は、いわゆる米中貿易戦争について「米中が覇権争いをしていることから両国の貿易摩擦はトランプ大統領の任期が終わっても残り、二〇年間にわたって続く可能性があると指摘」と報じられた(ブルンバーグ・二〇一八年九月一八日)。杭州で開いた投資家向けの会合で語った。

 マー会長の発言は、日本の新聞などでも小さく報じられた。企業の広報部門は、この記事を経営層に届けるクリッピングに入れたであろうか。戦前の大本営作戦参謀にして、戦後は伊藤忠商事の会長などを歴任した、瀬島龍三氏は新聞の外報面のベタ記事に注意を払ったという。

 日本のメディアは。一九八〇年代の日米貿易摩擦の記憶から「米中貿易戦争」の見出しで米中関係を報じてきた。世界的には、「新冷戦」との認識がふかまっている。マー会長が米中の覇権争いである、という認識は正しい。

 ニクソン米大統領を辞任に追い込んだ、ワシントン・ポストのボブ・ウッドワード記者による最新刊の「FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実」(日本経済出版社)は、政権内のトランプ一族の大統領上級顧問である、娘婿のクシュナーと娘で大統領補佐官のイバンカのふたりが、他の閣僚や重要な人物との軋轢を余すことなく描いて、世界最大の大国の政策決定の危うさを知ることができる。

 さらに、「アメリカ・ファースト政策」を掲げて、トランプが進めるNAFTAの再交渉やTPPからの離脱、中国製品に対する課税強化など、経済政策に関する政権内の議論も描かれている。

 国家経済会議(NEC)委員長のゲーリー・コーン(一七年一月~一八年四月)が自由貿易の優位性を説くのに対して、トランプが「グローバリスト」となじる場面は白眉である。筆者のウッドワードは「経済学者の百人のうち九九人がコーンに賛同するだろう」と述べている。しかし、対中貿易政策についてトランプの側につく、百人にひとりの発言権が高まっている。

 その人物は、国家通商会議(NTC)委員長のピータ・ナバロ。政権入りする前職のカリフォニア大学アーバイン教授時代に「米中もし戦わば 戦争の地政学」(文藝春秋社)を著した。中国が経済発展にともなって、軍事的にも米国の脅威になる、と警鐘を鳴らしてきた。政権の対中強硬派の中核となっている。

 米中・新冷戦の認識に光を当てるのが、マイケル・ピルズベリーの最新刊「China 2049 秘密裏に遂行される『世界覇権100年計画』」(日経BP社)である。ピルズベリーは国務省顧問。ニクソンからオバマに至る政権で対中防衛対策を担当した。

 諜報とその分析のプロである、ピルズベリーが、共産党が政権を握った1949以来、中国が長期的に世界の覇権を狙っていたことを認識したのは、最近のことだと、悔やんでいる。米国は中国が経済発展すれば、民主主義国家に移行するだろうという予想から、軍事分野も含めて技術援助を惜しまなかったという。「もし中国政府が現在の優先事項を堅持し、同じ戦略を続け、毛沢東が政権をとって以来、大切にしてきた価値観に固執するのであれば、中国が形成する世界は、わたしたちが今知っている世界とは大いに異なるものになる」と警告する。

        (この項了)

 

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政治経済情報誌・ELNEOS 12月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

 安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領が首脳会談で、北方領土について、一九五六年の日ソ共同宣言を基礎にして日ロ平和条約交渉を加速させることに同意した。共同宣言によれば、平和条約の締結後にロシアが歯舞群島と色丹島を日本に引き渡す、としている。

 日ソ関係の転換は、世界秩序に大きな変化をもたらすことになる。日本企業にもその変動の波は打ち寄せる。

 このシリーズでは、京都大学名誉教授の中西輝政氏の「アメリカ帝国 衰亡論」(幻冬社)を手掛かりにして、情報分析の重層性について考えてきた。すなわち、日々のニュースは上層であり、中層は覇権国のパワーの関係など、そして下層が世界史的な潮流である。

 この情報分析の重層性は、米戦略国際問題研究所(CSIS)上級顧問のエドワード・ルトワック氏の最新刊「日本4・0 国家戦略の新しいリアル」(文藝春秋社)の視点にも現れている。同氏は、ホワイトハウスの国家安全保障会議のメンバーである。

 「現在、北朝鮮はアメリカとの非核化の交渉に応じているように見える。しかし、それがこのまま続くという確証はどこにもない。トランプ大統領でさえ『半年経ってみないと、(首脳会談が)成功かどうかわからない』と述べているほどだが、これが建前ではなく、事実であろう」と、日本が直面している朝鮮半島の行方について分析する。

 「核兵器の本質が抑止である以上、あえて威嚇に使うのは合理的でとはいえない。抑止のルールの外側に出ようとする国家に対して必要なのは、『抑止』ではなく防衛としての『先制攻撃』なのである。この『先制攻撃』を具体的にいえば、北朝鮮のすべての核関連施設とすべてのミサイルを排除するということ、すなわち軍事的非核化である。実は、アメリカはこの軍事オプションをまだ手放してはいない」と述べる。

 アメリカにとって最も警戒すべき相手は、台頭する大国、中国である、というトランプ政権の見方を、ルトワック氏は共有して次のように述べる。

 「中国問題に集中するために、ロシアと何かしら合意を結ぶべきだ、という考え方である。これは冷戦下で、ニクソン大統領が毛沢東と手を結んで

台頭するソ連に対抗したやり方と似ている」と。

 トランプ大統領の考え方について、およそ以下のようなものだろう、とルトワック氏は分析する。

 「もしロシアがシベリアを失うようなことがあれば、それはアメリカではなく、中国人にとられるからだ。米露は、中国の膨張を食い止めるという点で共通の利益を持っているはずだ。だから協力をしようじゃないか」

 このように、朝鮮半島の危機と米中両国の覇権争いという歴史的な転換点において、日本は新しいシステム「4・0」を構築しなければならない、というのである。ルトワック氏によると、「1・0」は江戸幕府時代であり、「2・0」は明治維新、「3・0」は終戦後の体制である。これらの過去のシステムに対して、「日本人は戦略下手どころか、極めて高度な戦略文化を持っていると考えている」と評価する。

 京大名誉教授の中西氏が「「世界史の教訓」(育鵬社)のなかで、維新前夜において、世界的規模で繰り広げられていた英露の覇権争いを幕府は巧みな外交によって乗り切った、と評価しているのと響き合う。       (この項了)

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フジサンケイビジネスアイ 10月19日付 寄稿

 さいたま市大宮駅から東京駅を経由して、川崎駅から横浜駅を結ぶJR京浜東北線は、日本有数の京浜工業地帯を貫くように走る。平成27年度版大都市データランキングによれば、川崎市は工業分野において、授業員1人当たりの製造品出荷額が1位の9400万円、学術・開発研究機関の従業員数の割合が1位の1.64%で他都市を圧倒している。京浜工業地帯の中核都市は、米中西部と大西洋岸中部地域の「ラストベルト(錆びた地帯)」ではない。

 川崎駅から再開発地区の落葉が近い並木道をしばらく歩くと、川崎市産業振興財団はある。設立30周年を迎えた財団は、「川崎方式」と呼ばれる中小企業の支援の拠点である。

 なかでも、「かわさき起業家オーディション」は平成13年から始まった、ベンチャーや新規事業を発掘する催し。10月5日に開かれた選考会で115回を数える。年に6回もある。応募者から審査委員会が事前に選考し数社が、最終選考会のプレゼンテーションに臨む。主要な賞に賞金はない。金融機関などから、融資を得られたり、ベンチャー支援の団体からエンゼル資金を得られたりする。

 最新の受賞者をみると、地場の中堅印刷会社が開発したCO₂ゼロの印刷方法を地球温暖化対策に拡大したいという新規事業、地域コインをLINEのアプリケーションと連動して導入して普及する事業などが最終選考会を勝ち抜いた。

 前回114回の受賞者である小松和徳さん(55)はフリーのテレビディレクターとして個人事務所を経営する異色の応募者だった。ペットの樹木葬のための植木鉢というアイデアも、本業とは畑違いだ。愛犬を亡くしたのは2年ほど前、ペットロス症候群のなかで、亡骸をどのように弔うのか悩んだという。ペット専門の火葬業者にいったん骨にしてもらい、骨壺を受け取った。埋葬方法は、庭に埋めるのがいいのだが、小松さんはマンション暮らし。ペット専用の墓地に入れれば費用がかなりかかる、骨壺のまま自宅に置いておくと骨にカビが生える可能性があることもわかった。

 植木鉢に骨を入れて、樹木葬にしたらどうか、と閃いた。知り合いの陶芸家にペットの名前入りの陶器の鉢を焼いてもらい、樹木はライムなどの柑橘系が適していることなどを研究して、ビジネスの骨格は固まった。受賞によって、地元の地域金融機関から融資も得られ、クラウドファンディングも始めた。並行して、実用新案の登録や「ペットの樹木葬」などの商標登録も済ませている。年明けから本格的にネット販売する予定である。

 「川崎方式」の中小企業支援は、専門のコーディネーターが事業の指導をするとともに、大企業や中小企業同士を結びつける活動を恒常的に行っている。コーディネーターが見つけ出した企業を起業家オーディションに送り出すこともある。隣接する東京都大田区や横浜市とのきずなも強い。行政の境を超えて、中小企業を紹介し合っている。京浜工業地帯は錆びつかないで、いまだに輝いている。   

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政治経済情報誌・ELNEOS 10月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

 シェアハウスをめぐる不正融資によって名門銀行の裏側が明らかになった、スルガ銀行が外部の弁護士に委嘱した第三者委員会の報告書は、日人々が本の企業経営者と危機管理に携わっている人々が必須の文献である。

 この委員会はその調査において銀行のあらゆる指揮と命令から完全に遮断された「独立委員会」であることに大きな特徴がある。全三〇〇頁を超える報告書は、ふさわしい言葉とはいえないとは思うが、「企業の失敗」の研究文献として今後も繰り返し読み返される傑作である。スルガ銀行のホームページから入手できる。

 不正融資の手口として、シェアハウスを開発する企業と銀行の中間に八〇を超える販売会社を介在させて、融資枠が物件の八割を超えるために、顧客の預金通帳を偽造したり、シェアハウスの入居率を融資の返済に必要な水準に達していない場合は偽装したりするなど、その詳細は報道されている。

 また、取締役ではない執行役員がスルガ銀行の独自の肩書である「Cо―CОО」という名称で、営業全般を牛耳って、審査部門を指示し、人事や従業員の査定まで広範な権限を握っていた事実も明らかになっている。

 この報告書の意義は、スルガ銀行のみならず、日本型組織の悪弊が読み取れるところにある。報告書は次のように述べる。

 「本件の大きな特徴は、これだけの多数の不正行為等が長期間、多支店に渡って継続しており、その間、人事異動もあってこれらの情報も拡散したと思われるのに、誰一人、上司に対する通常の報告もせず、内部通報窓口への通報もしなかったということである」

 シェアハウスの運営会社に対する融資は首都圏のひとつの支店から始まった。運営会社を実質的に経営している人物が、不動産融資をめぐって犯罪行為に手を染めたことや、シェアハウスの採算性から融資の回収が困難になる、という外部からの通報があった。

 シェアハウスの運営会に対する融資をスルガ銀行は禁じたが、支店は販売会社経由の融資を考えつく。

 シェアハウス向けの融資はこうして、現場の暴走という形で拡大する。そして、営業のトップであるCо―CО〇が追認し、拡大する。

 「経営トップ層は、持ち株比率や創業者の権力を背景に全体としてのスルガ銀行は完全に支配していたが、他方、現場の営業部門は強力な営業推進力を有する者、しかも従業員クラスに任せ、その者には厳しく営業の数字を上げることを要求し、人事は数字次第と次のなった」と、報告書は指摘する。

 日本軍の失敗の本質を研究した名著の共著者である戸部良一氏は、「自壊の病理――日本陸軍の組織分析」(日本経済新聞出版刊)のなかで、次のように述べている。

 「軍の政治介入は軍部独裁をもたらしたわけではない。軍が政治力を独占したわけでもない。……また、陸軍の政治介入は、陸軍大臣あるいは参謀創業が強力な指導力を発揮し、組織全体を率いて、政治を壟断するという構図になっていたものでもない。むしろ政治介入の推進力は、省部の中堅幕僚層であった。……陸軍の政治介入で際立っているは、逆説的だが、陸軍という組織におけるリーダーシップの欠落である」。日本の企業や団体でみられる現場の暴走とその追認は宿痾である。

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