ブログ

コラム

このエントリーをはてなブックマークに追加

日曜ドラマ「ATARU」 栗山千明を輝かせる中居正広

 ドラマをみるきっかけは何だろうか。主演の男優に魅かれてか、共演の女優か、その逆もある。主演と共演の魅力は分かちがたく、ふたりをみたいこともあるだろう。

  視聴率激戦区の日曜夜9時のゴールデン・タイム、TBS「ATARU」と、フジテレビ「家族のうた」はどうだろう。特異な才能で事件を推理するATARUを演じるのは、SMAPの中居正広である。オダギリジョーは「家族のうた」で、売れないロック歌手・早川正義を演じている。

  共演は、中居の相手は、警視庁刑事・蛯名舞子役の栗山千明である。オダギリジョーは、カメラマン・青田洋子役の貫地谷しほりである。

  ふたつのドラマは、春の新番組、いわゆる改編によって、2012年4月15日同時スタートした。ともに第5回となる5月13日、新聞の朝刊の芸能ニュースは、オダギリジョー主演のフジ「家族のうた」が、視聴率の不振から、第8話で打ち切りになる、と報じている。前回の平均視聴率は3.1%であった、と。

  オダギリジョーは筆者が注目している俳優のひとりである。西川美和監督の「ゆれる」(2006年)で、写真家の早川猛を演じた。恋人の川端智恵子役は真木よう子、兄の稔役は香川照之である。真木との男女の心理的な駆け引きにおけるオダギリの演技は、智恵子の死をめぐる裁判劇の伏線となる。

  週明けの仕事が頭の片隅をかすめる日曜日の夜、女優・栗山千明に魅かれて、筆者は「ATARU」を春の改変では選んだ。「ATARU」は、いわゆる事件もので1話ごとに殺人事件の謎解きがあるシリーズである。 5月6日放映の第4回を振り返る。中居は「チョコザイ」と名乗る。特別な領域に関して才能を持っているサヴァン症候群の男の設定である。栗山との会話は成立していない。

  殺人事件ではなく事故として取り扱われる「捨て山」といわれる事件を結果として、栗山と解決する。短い言葉を発して、捜査の方向性を決める。

  この回は、単発飛行機の操縦士が離陸しないでフェンスに激突、死亡して見つかった事件である。チョコザイは、もう一機の単発機が事故にあった飛行機の上をかすめるように急接近したのが原因で、死亡した飛行士が激突したことを明らかにし、殺人事件の解決へと導く。  犯人は、操縦士の指導教官であったかつての恋人であった。死んだ男がこころがわりして、別の女性と結婚することを恨んだ犯行だった。

  チョコザイは、事件の捜査の「開始」と「終了」を短く英語でつぶやく。事件が解決すると瞬間的に眠りに入り、涙がほほを伝う。

  中居のチョコザイには、ほとんどセリフらしいセリフはない。刑事・蛯名役の栗山は、事件現場に行ったり、聞き込みに行ったりする、その行動によって舞台回しを演じるとともに、チョコザイに好意を寄せる感情を表現する。

  栗山の演技力に筆者が魅入られたのは、NHK連続ドラマ「ハゲタカ」の放送記者役であった。大森南朋が演じる元銀行員のファンドの経営者と、経済事件をジャーナリストとして切り込む。栗山の人生と大森の数奇な人生が絡み合うのが、ドラマの魅力だった。

  主演男優と女優が、そのドラマを成功に導く方程式があるとするならば、筆者は男優が女優に光りをあてるような演技がいいのではないか、と考える。あるいは、そうした設定のドラマは観るものをゆったりとした気持ちにさせて、くつろがせるのではないだろうか。

  オードリー・ヘップバーンのデビュー映画「ローマの休日」で、グレゴリー・ペックが演じた新聞記者役は当初、ケリー・グラントが予定された。脚本を読んだグラントは、物語の主人公が自分の役ではなく、オードリーが演じた王女であることを理由にして断ったという。ペックは即座に引き受けた。

  さらに、映画のタイトルのトップに彼女の名前を出すように製作会社にいったのである。「この映画で彼女はオスカーを受賞する」と予言して。

   オダギリの「家族のうた」はこころ動かされながらも、打ち切りの報道まで、観ることはなかった。5月13日の第5回を観た。相手役の貫地谷しほりもまた、感情の起伏を生き生きと表現できる美貌の若手女優である。NHKの朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」で、落語家を目指す主人公を演じて、豊かな才能をみせて観るものを驚かせた。

  主人公のオダギリの演技が直線的に正面に出て、貫地谷の魅力を光り輝かせていない。打ち切りが決まったのは予定されていた11回の途中であるから、即断はできない。ドラマは終盤にかけて、ふたりの演技がハーモニーを奏でたのかもしれない。オダギリはもともと、女優を輝かせる男優である。真木よう子を本格派女優の道の入り口に導いたのは「ゆれる」の共演であった。沢尻エリカを一躍スターにした映画「パッチギ!」でも、酒店の若旦那として重要な役回りを演じている。

  「家族のうた」の打ち切りは惜しい。オダギリと貫地谷のために。(敬称略)

 WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本

 http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 

 

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
このエントリーをはてなブックマークに追加

「Wの悲劇」武井咲は、薬師丸ひろ子になれるか  リメークドラマはスターへのオマージュ

 青春時代を思い返すとき、時代の女優は誰だったろうか。

筆者は団塊の世代に続く「谷間の世代」である。戦後の出生率は1950年代末に最低を記録して、その後緩やかな増加に転じる。ポスト団塊の世代の範囲をどこまでに限るかは、人によってさまざまであろう。ここでは少々幅を広げて、80年代初めにかけて少年、青年時代を過ごした人としよう。

 団塊の世代のヒロイン、吉永小百合はすでに、本格女優だった。山口百恵はあっという間にスクリーンとテレビの画面から消えていった。ポスト団塊の世代にとって、団塊の吉永小百合に相当する女優は薬師丸ひろ子であろう、と筆者は考える。先行する世代にも、後続の世代にも認識されたという意味で、ちょっと古くさいが国民的なヒロインである。脇道にそれるが、黒沢明監督の「あかひげ」などで知られる内藤洋子は、筆者にとって忘れがたい女優である。彼女もまた、山口百恵と同じように結婚後、スクリーンを去った。女優の喜多嶋舞は娘である。

 薬師丸ひろ子の映画の代表作である「Wの悲劇」(1984年)が、テレビドラマ化された。これは正確な表現ではない。夏樹静子の原作のドラマ化である。テレビ朝日のゴールデンタイムに登場したドラマの主演は、武井咲(えみ)である。10代の女優が、テレ朝のこの時間帯の主演を務めるのは、上戸彩の「アタックNo.1」(2005年)以来だという。

 4月26日(木)放映の特別拡大版の第1回を観た。ちなみに第2回は5月3日(木)である。

 大製薬会社のトップの座にある和辻与兵衛の亡くなった息子の娘、すなわち孫の摩子が武井のひとつの役である。ドラマの展開のなかで、その謎は解き明かされるのであろう、うりふたつのさつき、が武井のもうひとつの役である。摩子が大富豪の恵まれた娘であるのに対して、さつきはショーパブの掃除のアルバイトをするかたわら、売春もする不良の娘という設定になっている。買春の客がカネを支払わなかったことの腹を立てて、そのあとをつけた路地裏で、さつきはその客をナイフで刺し殺し、カネを奪う。殺人担当の刑事である弓坂圭一郎は、聞き込みから常習的に売春をしている、さつきを突き止め、追及する。

  「これは任意の取り調べですよね」と、さつきは切り返す。「一人暮らしの人間がアリバイなんでどうやって証明できるもんか」と、突き放した直後、さつきは弓坂との間を一息につめて、口づけをする。怒る弓坂。ロッカーにつきとばし、さつきの顔面を両手でおさえるようにして、膝蹴りをロッカーに食い込ませる。

 証拠不十分で警察から放免されたさつきの携帯電話に無言の着信があった末に、「あなたのアリバイを作れるのはわたしだけだ」と、姿を現しのが、摩子である。摩子はさつきに対して、ふたりの人生を交換することを提案して、それぞれは互いの人生を歩みはじめる。

  ドラマの冒頭で、買春行為が終わったあとに、さつきが冷えた出前のチャーハンとスープを書き込むシーン。客がカネを払わないとしって、むしゃぶりつくさつきを客はなんなく殴り倒す。ベットに放り出されるさつきのガウンのすそが乱れる。ショーパブの清掃のアルバイトに入れ替わった摩子に対するショーダンサーの激しいいじめ。清掃していた便器のなかに顔を沈められる。汚水のなかで息を吐く摩子の表情のアップ……

 大富豪の孫娘に成り代わったさつきは、祖父のよる性的な虐待に摩子があっていたこと知る。朝食のテーブルの下で祖父の手が、さつきの膝に伸びる。

  ドラマの狂言回しすなわち、登場人物や背景について説明する役は、ショーパブの経営者である一条春生である。彼女が現在進行形で書いている小説が、このドラマのプロットである、という仕掛けになっている。

  第1回目のドラマは、大富豪である和辻家の複雑な人間関係と、その相続問題が、悲劇的な事件につながることを暗示して終わる。

  武井咲は筆者が注目してきた女優である。携帯電話会社のCMによって、その美貌は世に知られるところとなった。

  スクリーンやテレビの画面に現れては消える美少女たちを観るのは、「楢山節考」の作家である深沢七郎の言葉の趣旨を借りるなら、はかなさを愛することであろうか。スクリーンにデビューする美少女のなかから、スターとなる女優を正確に予言する、作家の小林信彦のひそかな喜びがよくわかる。映画「ALLWAS 3丁目の夕日」で東北から集団就職で自動車修理店にやってきた星野六子役の堀北真希がスターになる、と確信を込めた賛辞を送った。筆者の女優に対する評価は、小林に遠く及ばない。しょせんは結果論ではないか、といわれれば二の句がつげない、そんなレベルではある。

 武井咲は、薬師丸ひろ子にはなれない、ましてや吉永小百合にも。それがこれまでの筆者の評価であった。「Wの悲劇」をみて、ひょっとしたら、と思う。

 国民的な女優になる条件として、筆者は常々「声」が大切ではないか、と考えてきた。薬師丸ひろ子の映画の挿入歌を初めて聴いたときの衝撃を忘れない。吉永小百合の歌声を聴いた団塊の世代もそうだったのではなかったか。歌手としてスタートした山口百恵の歌声についても同じような感動をいまでも覚えている。

 それはひとことでいえば、「透明な感じ」ということである。

 武井にはそれが欠けていた。デビューのシングルは、華々しい街頭広告を表参道の駅で観て、その歌声も聞いたがこころに響く透明感がなかった。それは、これまでのドラマでもそうだった。表現を変えるなら、声が通らないのである。

 「Wの悲劇」を観て、発声法がまったくこれまでと違っている、と思った。それは訓練だけではなく、少女から大人への微妙な時期を通過した女優の声であった。

  戦前から戦後にかけて、子役、少女そして大人の女優として、それぞれのステージで開花した、高峰秀子も語っている。娘から大人の女優への転換が最も難しく、子役で終わってしまう俳優は多い、と。

  武井咲「Wの悲劇」が、薬師丸ひろ子「Wの悲劇」のような成功を収めるか否か。

  その時代の美少女を起用したドラマのリメイクは、同じ役を演じた女優へのオマージュ(敬意)がある。「伊豆の踊子」は、田中絹代への。美空ひばり、鰐淵晴子、吉永小百合、内藤洋子、山口百恵が演じた。武井「悲劇」もまた。演出の片山修は、「木更津キャッツアイ」で薬師丸ひろ子をあさだ美礼先生役とした。今回のドラマのなかで、薬師丸が映画の主題歌として歌った「WOMAN“Wの悲劇から”」を挿入歌として、平井堅に歌わせている。

 片山は1965年生まれ、「谷間の世代」である。         (敬称略)

 WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本

 http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
このエントリーをはてなブックマークに追加

  世紀の恋の舞台となったテニス場を過ぎて、鳩山通りを下る。両側に広い別荘地が連なる、軽井沢の並木道は、「風立ちぬ」の作家堀辰雄が歩いたという。

 「ご注意ください!ツキノワグマ情報 ハチの巣を食べた痕跡情報」。道路工事のたて看板のような掲示板に驚く。

 地元のNPOの呼びかけである。保護したクマ22頭に発信機をつけて、24時間体制で監視。別荘地や住宅地に近づくと、駆けつけて山に戻す。

 ニホンシカやサルの出没も増えている。軽井沢町のニホンシカの捕獲数は昨年128頭で、前年のほぼ2倍。生態学者の結論は出ていないが、ニホンシカの繁殖によって、ツキノワグマが追われるようにして、里へ下ってきている可能性もある。

 旧中仙道の宿場町だった軽井沢は明治維新後、廃れた。避暑地として軽井沢を発見したのは、宣教師たちだった。高度成長経済の1970年代、リゾート地として脚光を浴びる。そして、バブル経済の時代には、投資先として。

 この町はいま、新幹線通勤で東京に通う住宅地として、さらには団塊の世代を中心とする人々によって、終(つい)の棲家として「再発見」されている。7月1日現在、1万9493人。平成2年の1万5000人台から比べると約4000人も新住民が加わった。

 人生の終着点をみつめるとき、生活を築き上げたいま住むところか、故郷を思うのではないか。地方から都市への民族の大移動のような時代を経て、人々は帰るべき故郷を失った。第三の選択肢として、自然にあふれた町を目指すのはよくわかる。過疎に悩む町村が、格安な土地を斡旋したり、空き家となった農家を無償で貸したりして誘致を競っている。新しい民族の移動の先頭に、軽井沢は立っている。

 「都市デザイン室」――軽井沢町役場に3人の新しいチームが4月発足した。50年後あるいは100年後の町の計画を立てる、という。コンサルティング会社に計画作りをまる投げするのではなく、町内の3つの地域ごとに住民の意見を吸い上げていく。そのたたき台として、堀辰雄らが宿泊した古い旅館や、空き店舗を活用した街づくりなどの案を住民に示したばかりだ。

 「50年計画」に取り組む職員たちが、バイブルと呼ぶ冊子がある。昭和47年に制定された「自然保護対策要綱」である。別荘の敷地面積を約1000平方㍍としたり、建ぺい率を20%にしたり、法律よりも厳しい規制を課した。バブル時代の投資ブームの際にはマンションに対しても規制を加えた。バブル経済のなかで、列島の各地にリゾート地が生まれたが、いまは見る影もない。バイブルがなかったのである。

 軽井沢の「50年計画」は、少子高齢化が進む日本のなかで、豊かな自然と共生する街づくりの新しいバイブルを作り出してくれるだろうか。

 帰りしなに見上げた浅間山の山麓を、発信機を付けたツキノワグマが動き回っているさまを想像すると、この町を愛する人々の気持ちが伝わってきて、きっとよい計画ができると思った。

  (2012年9 月4 日 フジサンケイビジネスアイ フロントコラム に加筆しました)

このエントリーをはてなブックマークに追加
このエントリーをはてなブックマークに追加

 東京・新橋はサラリーマンの街である。猛暑の黄昏時、雑居ビルの地下にある、九州料理の居酒屋に入ると、テーブル席は満員で、カウンターとなる。開店して間がない店に連れてきてくれたのは、都市銀行の役員だった。もう25年近く前になる。

  「新橋の支店長をしているときにね、この店を出したいって、融資を頼みに来た若い経営者に、見どころがあって貸したんですよ。どうです、満員でしょ」

 あの時の彼のうれしそうな顔を思い出す。

  「金融は経済の血液だ」と自信を持って言い切る、銀行家たち。それは銀行が、地域に信頼される時代でもあったろう。

 都心の繁華街に近いメガ・バンクの支店の窓口を訪れる。母の老後の資金である定期預金を更新するためだ。「こちらへ」と、男子行員はテーブル席に誘導する。机上には、さまざまな金融商品のチャート図がある。

  「保険はいかがでしょうか」。一時払い終身保険の説明を始める。

 契約時に保険料を全額払い込むと、死亡保障とともに貯蓄性がある。ただし、中途解約を行った場合に、経過年数によっては払い込んだ保険料を下回る。つまり元本保証でない。

  いわゆる銀行の窓口販売、「窓販」である。生命保険ばかりではない、国債や投資信託、金投資など、あらゆる金融商品が購入できる。

 「定期預金でいいんです。母が老後のために苦労して貯めたおカネなんですから」と私はこたえる。

  国民生活センターは、こうした「窓販」による一時払い終身年金保険について、注意喚起するリポートを4月にまとめている。「相談事例を見ると、高齢者がトラブルに遭うケースが多い。消費者は保険であることを理解できず、預金と誤解したまま契約が結ばれるケースが目立った」と。全国銀行協会が東京、大阪など各地に設けている相談と苦情の受付窓口の件数も、2011年度は3年前のざっと2倍の約2万2000件にのぼっている。

  金融の自由化は1990年代から、金利の自由化とともに、普通銀行や信託銀行、長期信用銀行などの専門性の垣根をとっぱらう業態の自由化が進んだ。それと同時に「窓販」の取り扱い金融商品の種類が拡大した。銀行の店舗は、元本保証の商品ばかりを売る場所ではなくなったが、お年寄りたちはいまだに銀行を信じ、それがまだわかっていない。

  「護送船団時代」の銀行家然とした大銀行の役員たちを懐かしがっているのでない。いま顔の見える、信頼できる銀行家はいるのであろうか。おカネとは、人間の人生の喜怒哀楽の結晶である。それを託するにはそれなりの人物が求められる。

 ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の設定をめぐる不正をめぐる事件は、世界のトップバンクもまた、「銀行家」なき時代であることを物語る。「バークレイはまさに始まりにすぎない」――ニュース週刊誌タイム最新号のカバーストーリのタイトルである。その金利を決めるシティのメンバーに日本のメガ・バンクがいることが記事にある。そのトップの顔が思い浮かばない。

   (2012年7月30日 フジサンケイビジネスアイ フロントコラム に加筆しました)

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
このエントリーをはてなブックマークに追加

 ある大学のシンポジウムに参加するため、シンボルの講堂を脇にみながら、緑あふれる並木道を歩く。ベンチャーの勉強会の参加を勧誘するポスターがあちらこちらに。大学闘争の余韻が残るたて看板が乱立していた母校を思うと、歳月を感ぜずにはおかない。

 団塊の世代が駆け抜けた、祭りのあとの1970年代末、ポスト団塊の我々世代は、石油危機後の不況のなかで、就職氷河期を生き抜かなければならなかった。

  我々の子どもの世代である大学年生たちはいま、実質的には入社試験といえるインターンシップや就職セミナーで、親の世代と同じように氷河期を戦っている。

 「ベンチャー」を立ち上げた慶応大学4年生の男子大学生が、投資名目で資金を集めたまま海外に出国していることが明らかになったのは、そんな時である。少なくとも数億円単位の資金を集めた可能性があるという。

  男子大学生は自らが開発したという株式投資の自動売買機械によって、資金を集めたという。元本保証で、預かった資金は1年間で5倍にする、がうたい文句だった。

 高級ブランドのスーツに身を固め、外国車を乗り回し、六本木のクラブでシャンパンを振る舞う。集めた資金は、投資に回されなかった可能性が高いという。

  経済犯罪は時代相を映し出す。三島由紀夫が昭和25(1950)年に出版した『青の時代』は、前年に起きた「光クラブ事件」がモデルである。東京大学法学部3年生だった山崎晃嗣は、貸金業の光クラブを設立、高利回りをうたい文句に資金を集めたが、破綻し、青酸カリによる自殺を図った。20代の三島は自らの青春を重ねわせていたのだろうか。

  「戦争のおかげで永保ちのする理想を失った人たちが、今日買えば明日腐るかもしれない果物のような夢想のための、理想的な一時期をもったのであった。明日をもしれぬものはかなげな紙幣の風情が、明日をも知れぬ欲望にとってふさわしい道連れのように思われた」

  「光クラブ事件」は石油危機後に再び、ベストセラーと映画によって甦る。高木彬光の『白昼の死角』である。高度経済成長の右肩上がりの夢はついえた。石油危機は「終戦」と同じように、青年たちは価値観の転換を迫られた。メディア・ミックスの天才である角川春樹の仕掛けは、時代相に合致した。光クラブの残党という設定の、主人公である映画は、経済犯罪を繰り返して仲間を死に追いやる、暗澹たるピカレスク・ロマンである。あの時代の青年だった筆者の心象風景である。

  大学の教壇に立っている友人たちに頼まれて、講演する機会は少なくない。ベンチャー企業で働き、自らも社内起業した経験があるからだ。講演を終えると、ベンチャーを立ち上げたいという青年たちが駆け寄ってきて、質問攻めになる。

 「失われた20年」のあまりにも長き敗戦期間のなかで、青年たちはまじめに生きている。海外逃亡中の大学生は小説のモデルにはならない。勘違いのはねっかえり者である。

   (2012年7月11日 フジサンケイビジネスアイ フロントコラム に加筆しました)

 

このエントリーをはてなブックマークに追加