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コラム

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 作家・池井戸潤の作品は購入しながらも、直木賞受賞作の「下町ロケット」も積読(つんどく)のままである。その池井戸原作の2作品がドラマ化された。

  「オレたちバブル入行組」と「オレたち花のバブル組」を脚色した、TBSの日曜劇場「半沢直樹」。原作と題名をそのままに、NHKの土曜ドラマ「七つの会議」である。

  「読んでから見るか、見てから読むか?」は、角川映画のかつてのキャッチコピーである。溝口正史や森村誠一らの作品を映画化するとともに、文庫本のキャンペーンを進めた。

 「七つの会議」は原作を読みながら、「半沢直樹」は読まずに観ることにしてみよう。

  「七つの」の主人公は、東山紀之が演じる中堅の電機メーカーの課長・原島万二、「半沢」は大手銀行の支店の課長で、演じるのは堺雅人である。

 原島も半沢もバブル入社組である。

 「七つの」は第1回「だれかが消えていく」(7月13日)、第2回「二度と戻れない」(7月20日、「半沢」は第1回(7月7日)、第2回(7月14日)を観た。

 ふたつのドラマは、ネジがキーとなる。「七つの」では、電機メーカーが製造した高速鉄道や旅客機の座席に使われている特殊合金製。そして、「半沢」では主人公がお守りのように持っている溝に血がついている樹脂性で、それは父親の中小企業が造っていた製品である。

  「読んでから見るか、見てから読むか?」。わたしはそのどちらも好きだ。さらに、読んでから見て、また読むも。

  「七つの」は、原作を読む速度がドラマの進展を上回った。脚本は、日本を代表する俳優となった東山のために書かれたことがわかる。原作の登場人物たちの信条や行動をまとめかつ煮詰めて、東山演じる原島の人間像を新たに作り上げた。

  ドラマは、企業の調査委員会の弁護士が、聴取の部屋で原島と向き合う場面から始まる。

弁護士はいう。

 「平成2年入社ですか。バブル入社ですね。経費が使い放題で、さぞかし楽しい時代だったでしょう」

 原島は答える。

 「経理部から始めたので、領収書が目の前を通り過ぎたのをみただけですね」

 部屋の時計が午後2時となる。

 「定例の会議ですから失礼します……そうか……」

 立ち上がった原島に、弁護士が言葉をかける。

 「会議はもう…」

 

 原島の会社が下請けに発注したネジが強度不足で、鉄道や航空会社に納入している座席の背もたれが支えきれなくて壊れて、すわっている人が怪我をする可能性が浮かび上がる。

 あまり日の当たらない課長ポストから、花形の営業1課長に異動した原島が、部長からネジの発注元を変更するように特命事項として命じられ、大阪の零細企業などを回るうちに、強度不足に気付いていく。

 顧客の苦情窓口であるカスタマー室長の佐野健一郎(豊原功補)も苦情の分析から、同じ結論に達する。佐野は中途入社で、営業の花形部署から左遷された男である。

 原島と佐野のふたりは、いったんは協力して、強度不足のネジが納入されたいきさつを探ろうとする。その途中で佐野は、この件を利用して左遷の原因となった上司の責任を問い、再び主流の道に戻ろうと、社長の宮野和弘(長塚京三)をはじめとする経営層に告発文を送る。

  しかしながら、宮野の部下に対する指示は「この件、隠蔽せよ」であった。

  原島はこの企業犯罪を食い止めることができるのだろうか。あるいはその罪の一端を担わされるのであろうか。

  企業を舞台としたサスペンスのなかで、課長役の東山は俳優として新境地を切り開いている。頭にはうっすらと白髪がのぞく。老眼鏡と思える眼鏡がちょっとずり落ちる。

  「半沢」のドラマの底流を流れているのは、息苦しい復讐劇の主音調である。

 中小企業の経営者だった父親が自殺したのは、半沢が働いている大手銀行が融資を断ったからである。

  半沢は、大阪の旗艦店の花形ポストである融資課長である。同期の出世街道の先頭を行く。

  支店長が、社内の優良店の表彰を受ける競争のために、中堅の鉄工メーカーに5億円の融資話をトップダウンで半沢に命じる。

 融資先が倒産して、半沢は窮地に立つ。回収不能になった5億円の責任をすべて押しつけられたからだ。

  半沢はその債権の回収に乗り出す。連鎖倒産をした零細企業の経営者である竹下清彦(赤井秀和)らの協力を得て、計画倒産であることを突き止める。

 融資先の企業に対して、国税局も脱税を発見して、その債権の確保に乗り出す。

   日本経済がバブル経済の熱狂にかけあがった1980年代、そしてバブルの崩壊、デフレが続き、失われた20年を経過した。バブル入社組も40歳代半ばとなって、組織の中核である課長クラスになっている。

  彼らが社会に出たころは、日本企業の特質であった終身雇用も健在だった。年俸制の導入などで雇用の安定性も崩れた。リストラの嵐はいまも止まない。

 戦後のサラリーパーソンのなかで、バブル世代が実は、もっとも過酷な人生を歩まされているかもしれない。

 「七つの」と「半沢」が描くこの世代の運命とは。ふたつのドラマはどちらも本格派である。

 (敬称略)

 WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本

 http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 

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 東京湾岸の高層ビルをぬうように滑走する、「ゆりかもめ」は大型展示場のビッグサイトに向かっている。座席にすわった白髪の老婦人が、タブレット端末iPadのカバーを開いて電子本の小説を読み始める。読書端末の画面の上で指を滑らせてページをくくる人が、車両に5人もいる。「電子出版EXPO」が開催されていて、その客が多かったせいである。

「電子書籍元年」と幾度唱えられたことだろう。日本において、アップルがiPadを発売したのは2010年5月、楽天のコボは12年7月、アマゾンのキンドルは同年10月。日本上陸の先陣を切るiPadをにらんで、電子雑誌のパッケージ販売サービス会社を、わたしは社内起業した。出版社と印刷会社、そして書籍を本屋に卸す取次会社など、伝統的な「紙」の本のビジネスモデルが、「元年」の幕を開けないことを知る。

 「電子出版EXPO」までの移動中にみた光景と、展示ブースの活況は二重写しになっていま、大きな転機を迎えていることがわかる。メーカーは新製品の電子端末のデモンストレーションを繰り広げ、電子書籍の製作から販売、顧客管理まで受注するベンチャーが、商談を進めている。

 「音楽事業はアップルに、本はアマゾンに独占されることが日本で起きていいのか。改革や改善では間に合わない。イノベーションを起こさなければならない」

 EXPOの基調講演のなかで、KADOKAWA会長の角川歴彦氏は、電子読書端末の急速な普及が進むなかで、アップルとアマゾンの価格決定権が強まっていることに危機感を抱く。電子書籍の将来性をいち早く予言し、この分野をけん引するベンチャーとである。講談社と紀伊国屋書店のトップを登場させて、自社とともに図書館向けの電子書籍の貸し出しサービスをする、新会社の設立を発表した。

 政府は12年4月、電子書籍市場を成長させる目的で、出版デジタル機構を設立した。出資金の中核は経済産業省系の投資ファンドの150億円。中小出版社の書籍の電子化事業などをてがけていた。5月末、電子書籍の取次会社を買収した。この機構の性格は当初からあいまいで、いずれの事業も官があえて乗り出す必要はない。

 電子書籍の成長戦略のなかでやるべきは、「紙」と「電子」のビジネスモデルの在り方を法律によって、著作権者や出版社などの権利を確保し、企業がこの分野に進出しやすくすることである。国際標準図書番号(ISBN)の出版社番号の申請が急増している。新規申請が2011年度から900件を超える。出版社以外の法人や個人が、電子出版に乗り出そうとしているからだ。

 酷暑のために、緑陰読書はままならず、冷房の効いた室内でキンドルのカバーを取る。宮崎駿監督の新作のアニメ「風たちぬ」の公開が近い(7月20日)。堀辰夫の同名作品は本棚から探しあぐね、ダウンロードは無料であった。

SankeiBiz     フロント・コラム  田部康喜

http://www.sankeibiz.jp/search/?q=%E7%94%B0%E9%83%A8%E5%BA%B7%E5%96%9C&web.x=-1017&web.y=-194&web=+%E6%A4%9C%E7%B4%A2+

 

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 参議院選挙における与野党の攻防を受けていま、自民党の党三役の交代や内閣改造の可能性、野党の再編論議が浮上していることであろう。

 ネット選挙が解禁されてから最初の国政選挙が、中盤に差し掛かる時点で本稿を書いている。

 大手紙の序盤戦の情勢分析では、与党の圧倒的な勝利とみられている。野党は自らの劣勢をネット戦略によって挽回できたであろうか。

 野党第一党の民主党のネット選挙戦略を振り返ってみよう。

その検証に入る前に、民主党が今回の参院選に向けた政策をまとめるにあたって、ネットを活用して、党本部ばかりではなく、地方の党員も含めて議論を繰り広げたことは評価できる。

集約化された政策が、この党を構成するさまざまな立場の勢力の調整の結果、その主張があいまいである、という批判はあったにしても。

ベンチャー企業の広報マンとして、創業者が将来ビジョンをつくるにあたって、約二万人の従業員のほぼ全員がメールやソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)などのネットと現実の会議を組み合わせて成し遂げたプロセスを知っているからである。

ネットを通じた論議を通じて、組織の目標が明確になっていくと同時に一体感がスピード感をもって醸成されると思う。

今回の民主党の取り組みはおそらく日本の政党では初めてのことではないか。

そうした政策作りにおいてネットの先駆者である、民主党のネット選挙戦略もまた、政党のそれとしては先端をいくものであった。

ただ、その先行性は、有権者の平均的なネットの知見を越えていたのではなかったか。

戦略に組み込んだ、「アメーバ―ピグ」は仮想の街のなかで、自分の分身のキャラクターが動き回れるSNSある。「AR」(拡張現実)技術は、スマートフォンなどをかざすと映像情報がみえる。「民主党放送局」はネット配信のユーストリームを活用している。

選挙のプロを自認するコンサルタントや政治家の周辺の人々が口にする言葉のなかで、もっとも違和感のあるのが、「空中戦」である。

その定義は極めてあいまいで感覚的に使われている。ポスターを貼ったり、街宣活動をしたり、組織的な電話による投票の呼びかけなどが、「地上戦」と呼ばれる。

 「空中戦」とはメディア対策つまり広報戦略をいっている。

 そもそも戦争において、陸上戦も空中戦も同じ戦闘である。

 冗談ではなく、選挙のプロたちのいう「空中戦」とは、放送を念頭において空中を飛ぶ電波をイメージしているようだ。驚くべきことにも。

 このシリーズで繰り返し述べているように、企業活動がそうであるように、政党と政治家の政治活動と広報戦略一体不可分のものである。

 参院選挙において、それぞれの政党が獲得した議席について、ネット戦略の効果を測定することは難しい。

  しかしながら、「空中戦」理論から抜け出ない政党と政治家に将来がないのは間違いない。 

(この項了)

エルネオス(ELNEOS)は、定期購読雑誌です。

定期購読は

http://www.elneos.co.jp/order.html

 電子版は

http://www.zasshi-online.com/Search/ProductList?page=1&sort=1&skey=%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%82%B9&stype=0&sbn=0

 

 

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過去の犯歴を掘り起こした調査報道 語り部・作家高村薫の存在感

  警察の捜査によると、少なくとも5つの家族が崩壊して、8人の死亡と3人の行方不明者が明らかになっている。その過程で家族の財産を奪っている。

 2011年秋に発覚し最近まで捜査が続いた「尼崎死体遺棄事件」である。

 主犯の角田美代子・元被告が自殺を遂げたために、事件の真相解明に闇がたちはだかっている。

  NHKスペシャルのシリーズ「未解決事件」は、file.03でこの事件に迫った。6月9日の放映と、その再放送の13日を観た。

  角田・元被告が標的とした、高松市の父母と姉妹の4人家族に焦点をあてるとともに、これまでの捜査で明らかになっていなかった、ふたつの家族の崩壊を調査報道によって、浮かび上がらせた。

  主犯の角田・元被告の知人や、事件を生きのびた被害者たち、亡くなった人々を助けようとした人々の証言をたんねんに重ね合わせて、真相に迫ろうとしている。取材対象は300人に及ぶ。こうした証言に基づいた、ノンフィクションの再現ドラマを番組の要所ではさみこむ。

  高松市の4人家族に、角田・元被告が入り込んだのは、この家族の妻の兄の借金問題である。肩代わりしたことを理由として、多数の男性たちと乗り込んで1階を占拠し、家族を2階に軟禁状態にする。さらに、家族を分断して、互いに暴力を振るわせて、加害者意識を植え付け、外部に通報できないようにする。家族は半年余りで、計2000万円もの財産を使い込まれた。

  姉妹の運命は分かれる。姉は何度も脱走を図ったうえに連れ戻され、角田・元被告の尼崎の自宅のマンションの物置小屋で監禁され、死亡する。姉の死亡にかかわったとして、妹は逮捕される。母親も不信な死を遂げている。

  取材班は3カ月間をかけて、生きのびた父親にたどりつき、インタビューに成功する。それとともに、この家族の周辺の取材を続けるなかで、被害が防げた可能性が浮かび上がる。

  この家族の家を占拠した角田・元被告は、ともに占拠した男たちと大騒ぎをしていた。さらに、家族に対する暴行に対して、被害者があげた悲鳴も近隣に聞こえていた。

 近隣の住民による警察に対する相談は、多数にのぼった。警察は父親にも接触して事情を聴いている。警察の記録によると、それらの件数は36回に及んでいる。

  父親は証言する。

 「家族で虐待をしていたので、被害届を出すことはできなかった」と。

  姉はいったん、脱出に成功して、死の直前の2年半余り偽名を使って暮らしていた。自分の身分を証明するものが免許証しかないので、その更新のために、運転免許試験場を、友人2人と訪れる。

  その運転試験場に、角田・元被告と妹、加害者グループがやってくる。姉は家でしており、免許証の更新にきたら、妹に連絡するように警察に届けていたのである。姉は連れ戻される。

  同行していた友人が警察に駆け込んだ。「このままでは殺される」と。

 しかしながら、家出のケースではよくあることだ、と取り合ってもらえなかった。

 取材班は、大阪在住の作家・高村薫とともに、角田・元被告の人生の軌跡を追う。

 両親が離婚し、中学校を卒業すると10年間にわたって結婚生活をしている。離婚後、スナックを経営し、その2階は買売春に使われていた。反社会的勢力との関係も浮かび上がる。

  そして、今回の事件が明らかになる15年前、角田・元被告が40歳代のときにふたつの家族を崩壊させて、財産を奪い、不信な死者がでていたことを突き止める。

 この家族は、亡くなった叔母が嫁いだ先の親類であった。家族のなかに借金を背負った息子がいたことから、借金の肩代わりを申し出た角田・元被告は、そのことから家族に対して威圧的になる。

 ふたつの家族を、老人と夫グループ、妻グループに分断して、老人に夫たちに暴力を振るわせ、その妻たちにそれを監視させる。

  高村薫はいう。

 「どうして同じ日本人の女性である彼女が、このような犯罪を犯したのか。

  わたしたちの社会がこうした犯罪を内包しながら回っていることを知る必要がある」

  取材班と高村は、角田・元被告が自殺する前に、おなじ留置場の部屋にいた女性の証言に行きつく。「おかしい、おかしい」と元被告が最後にいっていたというのである。

  この女性は証言する。

 「彼女は留置場で最初は、家族の自慢をしていました。事件後、その家族が疑似家族であることを知りました。彼女が自殺したのは、疑似家族が犯罪を証言して、裏切られたと感じたのではないでしょうか。それで『おかしい、おかしい』というようになったと思います」

  今回のfile.03は、事件の真相を解明することを、いたずらに急がない。角田・元被告がスナックを経営していた場所や、新たに事実を掘り起こしたふたつの家族が住んでいた部屋などを、高村が訪れる。語り部のような高村の存在が、番組の通奏低音となって、日本社会のありようについて、視聴者がおのずと考えさせられる。

  調査報道の王道である、足を使った取材陣に敬意を払うと同時に、在阪の作家・高村が番組の制作に加わっていることの重みを思う。

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 東京・築地場外市場は、梅雨の晴れ間に迷路のような路地に人があふれている。魚介類や野菜……試食用のイナゴの佃煮をみつける。爪楊枝で一匹分をガリリとかむと、甘辛い香ばしさが口のなかに広がる。故郷の会津の水田地帯で少年時代に刈り入れ後、家族で布袋を手にしてイナゴを捕って、自宅の鍋でつくった懐かしい味である。

 今春から毎月29日はゴロ合わせで「福島の日」として、この一角で福島県産の農産物などが販売されている。トマトジュースを飲み、コンニャクを買う。

 この会場のパンフレットを見ると、東日本大震災の鎮魂と復興を祈るために、東北の祭りが集う「東北六魂祭」が福島市で6月1日と2日に開催されるという。

 そうだ、福島へ行こう。青森・ねぶたや秋田・竿灯、仙台・七夕などが練り歩く国道沿いは、人があふれて入場制限となって近寄れず、遠くから竿灯のゆらめきを眺めた。期間中の人出は25万人。地元のシンクタンクの試算によると、経済効果は37億円である。

市内のホテルや旅館は満員状態で、日帰りとなった。路面電車のような私鉄に乗って、名湯・飯坂温泉に。共同浴場の入湯料金が300円、料理と酒で約4000円、八百屋で買ったイチゴが2パックで計300円。交通費込で約2万円の小旅行となる。そうそう忘れるところだった。道行く人がおいしそうに食べているので買った、冷やしキュウリ1本50円也。

 東北の夏祭りは旧盆にかけてシーズンを迎える。かっと照りつける陽のもとで汗を流すよりも、北の早い秋に向かって、ゆく夏を惜しむような風情がある。

 戊辰戦争に敗北して、会津藩士をはじめ東北人たちは列島の各地に散った。夏目漱石の「ぼっちゃん」に登場する、松山の旧制中学校の数学教師である山嵐は会津人である。「会津っぽか、強情な訳だ」と主人公はいう。

 戦後の高度経済成長を支えた若者たちを、民族の大移動のように都市に送ったのもこの地域である。故郷に親しい縁者や友人を失っても、震災地で過ごした記憶は、祭りとともに甦る。直木賞作家の中村彰彦氏の著作で「故郷回帰」という言葉を知る。人生が終わりに近づくにつれて人の心には故郷へ帰りたいという思いが芽吹くという。

 故郷を離れた事情や、その後の人生によって、そうした思いを抱きながらも帰りがたい人もいるであろう。「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」と、室生犀星は「小景異情」の詩でつづっている。

いずれであろうとも、震災後の新しい時を刻み始めた、東北の夏祭りにいざ行かん。震災地に経済効果をもたらすばかりではない。都会のなかで疲れた心とからだをいやすなにかに出会うであろう。

 

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