ブログ

コラム

このエントリーをはてなブックマークに追加

 NHK連続テレビ小説「あまちゃん」は最終回を迎えて、主人公の天野アキ(能年玲奈)と足立ユイ(橋本愛)のふたりは、北三陸鉄道のホームを飛び降りてかけていく。東日本大震災による津波で流された鉄道は一部回復した日、これから東京に向けてつながる鉄路を。

 ドラマは東日本大震災をはさんだ3年間を描いて、その最終回のその日の設定は、2012年7月1日である。

 「あまちゃん」の脚本をてがけた宮藤官九郎によって、震災前と震災後の社会に懸け橋がかけられ、人々が震災後の未来に向かってようやく顔をあげられるようになったのではないか。

  NHKスペシャル・MEGAQUAKEⅢ「よみがえる関東大震災~90年目の警告~」(8月30日)と、首都圏スペシャル「地震火災から命を守る~関東大震災90年~」(8月31日)は、震災後の世界を歩み始めた我々に、祖父母や父母が体験した大震災の教訓を思い出させる。

  1923年9月1日午前11時58分、マグニチュード7.9の巨大地震が首都圏を襲った。その揺れは10分間にもわたった。

 フィリピン・プレートが陸のプレートの下に潜り込むようにして、ひずみが起きて、地震が発生する「プレート境界型」の巨大地震だった。

 震災とその後の火災による死者は、10万5000人に達した。

  NHKスペシャル「よみがえる」は、関東大震災が発生する前から警告を鳴らしていた、地震学者の今村明恒の研究に焦点を当てると同時に、彼を中心とする再現ドラマ、そして現代の地震学者の証言を綴りあわせながら、次の関東大震災の可能性について解き明かしていく。

  東大助教授だった今村と、同じ教室の上司にあたる教授の大森房吉との確執と和解の物語は、吉村昭の読み継がれるべき名著である「関東大震災」のひとつの大きな柱となっている。科学的な分析に加えて、古文書などによって、今村は関東を襲う巨大地震の可能性が高まっていることを、雑誌に論文を寄せた。今村の本意は、地震に備える都市づくりを進めることを提言するものであったが、新聞は巨大地震が近いことをセンセーショナルに報じた結果、窮地に立つ。東京市民が避難する騒動に至って、教授の大森が、今村説をまったくのでたらめの「浮説」とまで断定した。

 今村は研究を続けて、巨大地震の揺れを記録する地震計を開発し、全国7カ所に設置し終えたのは、関東大震災の8カ月前のことであった。それらの地震計が記録した波動は、巨大地震が初めて科学的記録となったものである。さらに、今村は、多数の死者が出る原因となった火災について、発生源と広がりの様子を研究室の研究者たちを総動員して、詳細な記録も残している。

 フランスをはじめ世界各地で記録された同様の記録と、地震発生後の戒厳令のなかで、イギリス人カメラマンが隠しカメラで撮影した映像を、現代の地震科学者たちが分析する。

 次の関東大震災の可能性はどうか。

今村は、東京湾岸や房総半島の地層の隆起に注目した。過去の巨大地震によって、隆起が階段状になっていて、その発生の年代を推定できるとした。現代の地震学者はこれまで、同様の分析によって、巨大地震は300年に1度の割合で起きていると推定していた。しかし最近の調査によると、その年月の間隔は短くなって、100年に1度と考えられるようになった。

  また、プレートのひずみは、巨大地震によって、そのエネルギーが減ると考えられてきた。房総半島に西側のエネルギーは確かに、関東大震災によって減じたが、東側にひずみのエネルギーがたまっていることがわかってきた。GPSを利用して、陸地の移動を想定した結果である。このひずみが巨大地震につながると、プレートのずれの位置が陸側に近いので、地震発生から津波が襲うまでの時間が極めて短いという。

  首都圏スペシャル「地震火災」は、関東大震災で最大の死者を出した旧本所区の陸軍被服廠(ひふくしょう)跡地を襲った、火災による熱風である旋風に焦点を当てる。人が巻き上げられて宙に飛び、熱風によって髪の毛や被服が燃え上がる地獄のような光景を体験した、90歳代の生存者の証言を紹介していく。

 いかにして次の関東大震災の際に、地震火災から避難するかが、番組のテーマであった。防災学者の意見をとりまぜながら、女性タレントと視聴者から寄せられた質問に答える形で、具体策を紹介していく。

  火災を「起こさない」、「消す」そして「逃げる」である。

 北区の木造住宅密集地帯の避難訓練が取り上げられる。地区の住民の7割が、避難場所として、小学校を上げた。しかし、防災学者は、小学校は火災による熱風が襲った場合に危険である、と説く。緑地が広がる地域に逃れるのがよい、という。この助言にそって、避難訓練がなされる。密集地域は狭い路地と、思いのほか随所に階段があって、想定の時間内に避難場所に逃れることができなかった。

  「あまちゃん」が、大震災とその直後の震災地と東京を描いていたとき、2020年の東京五輪の招致が決まった。7年後の東京と日本は、過去から学んでいなければならない。

(敬称略)

 WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本

 http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
このエントリーをはてなブックマークに追加

 フジテレビの水曜ドラマ「ショムニ2013」が9月19日に最終回を迎える。第1シリーズの1998年から、2000年、2002年とシリーズが引き継がれ、11年ぶりの新作であった。

 満帆商事の庶務2課「ショムニ」のリーダーである、主人公の坪井千夏役の江角マキコは、代わらない。

  前回の第9話では、満帆商事がIT企業・フォローウインドエイジェンシーによって、乗っ取られる。提携を持ちかけたフォローウィンドが、船上のコスプレパーティーに商事の役員や従業員全員を招待して、人がいなくなった本社のなかで、フォローウィンドの社長が商事のサーバーにアクセスして、個人株主の名簿を盗み出す。船上のパーティー会場の映像装置に、フォローウィンドの社長がパソコンのウェブカメラを通して、商事を傘下に収めたことを宣言する。

  商事が事業の拡大を狙って、ブライダル産業やハンバーガーのチェーン店などに乗り出そうとして、さまざまなトラブルが発生して、提携先との交渉が暗礁に乗り上げようとするとき、ショムニメンバーはこれまで、知恵を絞って解決にあたって成約に導く。そればかりではなく、コンプライアンスの行き過ぎによって、社内業務が停滞したり、若手社員と管理職とのコミュニケーションがうまくいかないために、提携先との関係がこじれたりするたびに、ショムニは活躍してきた。

  江角は幸運な女優である。島根県出雲市出身で、高校時代からバレーボールの選手で、卒業後に大阪の実業団のチームに入り、ケガが原因でファンションモデルから芸能界に転じた。その女優デビューはさまざまな賞に彩られている。

  ドラマの初出演は、TBS日曜劇場の「輝け隣太郎」(1995年)である。広告マンの萌沢隣太郎(唐沢寿明)の恋人役でのちに妻となる角田真実子役であった。スポーツウーマンであったその長身のスタイルと、母親役の樹木希林を相手に軽妙なやりとりをする演技力にも驚かされた。柔道の一本背負いでライバルらを投げ飛ばす、決めポーズもまた堂にいったものだった。

  そして、是枝裕和監督の「幻の光」である。テレビドラマ初出演と同じ年に封切られた。是枝監督の初監督作品は、ベネチア映画祭などさまざまな映画祭で受賞した。江角は、日本アカデミー賞の新人俳優賞を獲得した。

 江角が演じる主人公のゆみ子は、生後3カ月の息子を抱えて、夫が自殺してシングルマザーになる。住んでいた大阪から、大家が世話した娘がいる男と再婚して、石川県輪島の海辺の地区に移り住む。新しい土地になれていき、夫婦とふたりの子どもとの生活も順調に過ぎていく。裸の夫との膝に上半身をさらした、江角が背中向きにからだをあずけるシーンは、窓越しの夏の日本海の夕方の光に照らしだされて美しい。ゆみ子はしだいに、前の夫がなぜ自殺したのか、その理由がわからない不安にさいなまれていく。

  「ショムニ」の新シリーズは、第3回から前回まで観た。同じ時間帯に、日本テレビが「Woman」(満島ひかり主演)を放映しているので、毎週どちらかが録画鑑賞となった。シングルマザーを主人公にした後者については、心にしみ透るような映像とセリフの数々について、このコラムのシリーズで、すでに取り上げた。

 ショムニはこのドラマとは、まったく趣を異にする。登場人物たちは、その演技と表情が徹底的に誇張されている。美貌の女優陣たちがめまぐるしく動き回り、そのセリフは大仰である。千夏(江角マキコ)のライバル役の壇上みきを演じる片瀬那奈は、この番組を観ることによってその美しさを知った。さらにその部下に3人の「キラキラガールズ」までいる。

 企業社会の「いま」を撃ってこそ、視聴者のこころをつかむ。「ショムニ」には、その「いま」が微妙にずれていたのではなかったか。

  サラリーパーソンのドラマには、所属する企業が取り組むプロジェクトに主人公がからんで、奮戦する様が描かれるのは定石である。ブライダル産業とハンバーガーチェーンというのはどうか。部下と飲むことによって、コミュニケーションを図るのが一番と思っている部長とその部下のずれ、コンプライアンスのいきすぎによる業務の停滞……多くの企業ですでに、乗り越える手法や仕組みづくりがおこなわれている。

  フジテレビの社長に就任して間がない、亀山千広は産経新聞のインタビューに答えて次のように述べている。

 「現場と意見交換する機会を持つようになり、以前より、番組作りにおいていろんな分析をしたがる傾向が分かってきました。ただ、マーケティングだけでは明日何が当たるかまでは分からない。『発明』がないと視聴者は面白がってくれない」

 今回の新シリーズの視聴率が回によっては1桁にとどまった理由は、亀山のいうマーケティング的な分析よってドラマが制作されていったところにあるのだろう。

 それよりも、女優・江角マキコの才能は、千夏だけではない別の役で発揮する可能性を秘めている。それを引き出すのは、テレビ局の企画能力にかかっている。                          

(敬称略)

 WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本

 http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 

 

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
このエントリーをはてなブックマークに追加

 東京・渋谷のスクランブル交差点を渡って、公園通りの坂道を上る。ショッピングモールの最上階にパルコ劇場はある。開設40周年記念の演目は、三谷幸喜脚本の「其礼成心中(それなりしんじゅう)」。文楽の人形によって演じられる人情劇であった。

 歌舞伎や文楽にはカーテンコールはない。三谷文楽の舞台は幕が再び上がって、黒衣を脱いだ人形遣いが人形とともに、観客の拍手に幾度も応えた。

 パルコの創業を手がけ、社長となり会長で退いた、増田通二さんが亡くなってから7回目の盆である。社長就任直後の1980年代半ばから引退後しばらくまで、インタビューする機会が何度もあった。

 「劇場のなかにショッピングモールを作るんだ」という、増田さんの発想が生んだのがパルコ劇場である。池袋の経営危機に陥った商業ビルをパルコに生まれ変わらせ、さらに渋谷の成功が増田さんを時代の寵児に押し上げた。

 バブル経済にかけあがる東京一極集中の時代に、「第3の山の手」論を唱えた。東京の町は坂の上に発展していく。文京区周辺を第1の山の手とすると、世田谷や杉並区は第2の山の手。さらに、第3の山の手が発展しつつある。この着眼点に沿って、調布、所沢などに出店していった。

 東京の市ヶ谷に生まれ、旧制府立高校から東大文学部哲学科を卒業。都立五商の定時制の社会科の教師を8年務めた。中学時代の友人である堤清二氏が経営する西武百貨店に入社した時には36歳だった。引退する63歳まで22年間にわたって、劇場ばかりではなく、現代美術中心の美術館を併設し、出版事業にも乗り出した。

 セゾングループを率いた堤氏とは、同士でありライバルでもあった。パルコの社名に「西武」が冠になることを拒んだ。「堤さんの文化事業ってのは、僕のやってきたことの後追いなんですよ」と、江戸っ子の歯切れのよい物言いだった。

 「銀座セゾン劇場」の名称で、堤氏が手がけた「ル テアトル銀座」は5月31日に26年間の歴史に幕を下ろした。

 パルコの経営権をめぐって昨年来、株式の激しい争奪戦があった。JフロントがTOB(株式公開買い付け)によって、最終的に65%を取得して傘下におさめた。投じた資金は約700億円だった。

 企業の価値とはなんだろう。買収・合併の取引には、税引き前利益や減価償却額などを足し合わせたEBITDAが指標として使われる。その5、6倍が適正価格であるといわれる。

 数値では測りようのないものに価値の源泉があるのではないか。独創的な商品やサービスに対する消費者の感動そして、アプローズ(拍手喝采)である。スティーブ・ジョブズが口にしていた、製品の箱を空けたときに人々を驚かすことだ。

 パルコ劇場の鳴りやまぬカーテンコールのなかで、ほほえむ増田さんの姿をみたような気がした。

SankeiBiz     フロント・コラム 2013年8月15日  田部康喜

http://www.sankeibiz.jp/search/?q=%E7%94%B0%E9%83%A8%E5%BA%B7%E5%96%9C&web.x=-1017&web.y=-194&web=+%E6%A4%9C%E7%B4%A2+

 

このエントリーをはてなブックマークに追加
このエントリーをはてなブックマークに追加

 織田作之助の「夫婦善哉(めおとぜんざい)」は、1940(昭和15)年7月に「文芸」に発表された、大阪が舞台の中編小説である。その3年前に盧溝橋事件が起こり、日中は戦争状態に入った。織作(おださく)の代表作には、そうした戦争のカゲはなく、大正から昭和初頭にかけて、繁栄する大阪の街並みが背景となっている。

 主人公は、惣菜の天ぷら屋の貧しい家で育って、芸妓になった蝶子と、老舗の化粧品卸問屋である維康(これやす)の若旦那の柳吉の物語である。

森繁久彌が柳吉を演じた、豊田四郎監督の映画(1955年)は名作として知られる。蝶子は淡島千景である。

 NHK土曜ドラマは、柳吉に森山未來、蝶子に尾野真千子を配して、名画に挑戦している。第1話「芸妓とぼんちが出会うて惚れて ああしてこうしてこうなった」(8月24日)と、第2話「親の愛でも手切れ金でも 切れぬ心が仇(あだ)となる」を観た。

 「あほな男と女の道行(みちゆき)の行方は・・・」

 美しい大阪弁の語りは、富司純子である。法善寺横丁のぜんざい屋の「めおとぜんざい」の店先におかれているお多福人形が、柳吉と蝶子の物語を語る趣向である。

 ドラマはジャズを奏でるトランペットの音ではじまる。往来を歩く洋装姿の男女の姿は、行き交う芸妓や和服の旦那衆と相まって、隆盛を誇った戦前の大阪を再現する。極彩色のネオンサインが輝く夜のシーンも美しい。

 柳吉と蝶子は、宴席で知り合い、偶然に通りで再開する。柳吉はいう。

「僕と共鳴せいへんか」

ふたりの仲が深まっていく様が、職道楽の柳吉が芸妓姿に着飾った蝶子を、下町のカレーライスや焼き鳥、おでんやなどを連れ歩くシーンを重ね合わせながら描かれていく。

 「めおとぜんざい」は、ぜんざい一人前がふた皿にもられて出される。

 「どうしてふたつになってでてくるか、知ってるか」と柳吉は切り出して、謎解きをする。

 ふたつに分けたほうが、最初の皿を食べて、次に移るとより美味しいと感じるからだと。

 蝶子はいう。

 「男女のふたりがええという意味と違いまっしょろか」

 放蕩のすえに父親に勘当された柳吉のために、蝶子は売れっ子芸妓の足を洗って、ヤトナになる。宴席を取り持ち、客にお酌をし、芸を見せる臨時雇いである。

 ふたりが所帯をもった家の二階で、職道楽の柳吉は昆布を煮込んで、名店の味を出すのに一日を過ごす。蝶子の貯金通帳を持ち出しては、遊興にふけって、蝶子のもとに何日も帰らない。

 ヤトナの仕事から帰った蝶子が見たのは、帰ってふて寝する柳吉だった。ふとんをはぎ、柳吉を問い詰め、胸倉をつかんでわめき、たたく。ふたりが倒れこむ。蝶子が柳吉の胸元に顔を寄せてすすり泣く。

 今回のドラマの名作に対する挑戦は、モノクロであった映画に対して、カラーであることを存分に生かしている。ふたりが住む二階屋の部屋を照らし出す朝と夕方、そして夜の美しい光景である。それに合わせるように、蝉と虫の音が、登場人物の心象風景と感情のもつれを浮かび上がらせる。照明と音声が素晴らしい。

 カメラは、和服を着ようとしている柳吉の肩から下を映して、その表情は映さない。すわっている蝶子を柳吉の視線から映し出す。

 柳吉は実家にいったん戻って、蝶子と別れると嘘をついて、父親からカネを無心するという。蝶子は四つ這いになって、柳吉の足元にすがりつく。嘘ではなく、本当に分かれる魂胆がある、と疑う。

 ふたりの部屋に柳吉の実家の番頭がやってくる。手切れ金を畳のうえにおいて、別れることを確認しようとする。

蝶子は断る。柳吉とふたりでりっぱな夫婦になる、というのだった。

 森繁と淡島が演じた1955年から60年近くが経つ。名優ふたりもいまは亡い。「夫婦善哉」に取り組んだとき、ふたりには、戦中と終戦後の混乱の経験がつい昨日のことであったろう。織田作の原作が戦争のカゲのない、大正と昭和を描いて、映画の製作にかかわった人々の記憶には拭い去れない近い過去のカゲがあった。

 満州の放送局でアナウンサーをしていた森繁が、ソ連軍の侵攻によって、悲惨な状況に落とされた人々のリーダーとなって、引き揚げてきたエピソードは知られている。

 暗い思い出をはね返すように、あほな演技のなかで、どこかひょうきんな底抜けに明るい、柳吉になっていったのではないか、と思う

 NHK土曜ドラマ「夫婦善哉」は、戦前ばかりか戦後も知らない、若いふたりの俳優を起用したことによって、織田作が小説を執筆した時点から、大正から昭和の初頭をみつめているような趣がある。いいかえれば、大阪を舞台して、風景や色、音によって、あの時代をよみがえらせているようにみえる。

 柳吉を演じる森山未來の虚無的な表情といったらどうだ。アナーキズム(無政府主義)の思想に共感した、あの時代の青年はこうだったのではないか。

竹久夢二が描く美少女たちは、デフォルメ(誇張)されているとはいえ、尾野真千子の蝶子の可憐さそのものではないか。(敬称略)

このエントリーをはてなブックマークに追加
このエントリーをはてなブックマークに追加

 企業が蓄積した大量のデータを解析して経営に役立てる「ビッグデータ」の時代が到来している。

 ほまれを求めず、そしりなく己が努力が実ることを秘かに誇る、広報パーソンもまた、新しい時代の動向を無視できない。

 企業のカスタマー・サポート部門すなわち苦情の窓口が、そのデータを分析することによって、製品やサービスの欠陥に警鐘を鳴らすように、広報部門はメディアのみならず、世論の動向から企業のレピュテーション・リスクを回避する。

 インターネット上で展開されている言説の動向から、いかに企業防衛を図るか。広報パーソンの共通の悩みであろう。

 ポータルサイトやネットの書き込みがなされる掲示板の監視ではすまされない。

 インターネット企業の広報室長をわたしが務めていたのは、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)がようやく登場したころであった。

 ネットの言説の監視について、広報部門の要員を割くことはしなかった。外部に委託することもなかった。

大手企業の一部にはそうした態勢をとっているところがあることは知っていた。

 知的な創造性を求められる広報パーソンの時間をそうした監視業務にあてることは、本来の広報業務の意欲をそぐと考えていたからである。

 しかも、レピュテーション・リスクにかかわるネットの風説は、幹部や社員たちから広報室にその情報が着実に寄せられていた。

 ソーシャル・ネットワーク・サービスの急速な普及と拡大は、そうした牧歌的な時代が過ぎ去ったことを認識させる。

 「ビッグデータ時代」の広報パーソンの役割を考えるうえで、『ビッグデータの正体』(V・M・ショ^ンベルガー&K・クキエ、斎藤栄一郎訳、講談社、以下『正体』)は役立つであろう。

 デジタル情報革命が政治、経済、堺のあらゆる分野で歴史的な転換をもたらすことを予言した、アルビン

トフラーの『第三の波』に匹敵する著作である。

 情報化社会の歴史のなかで、ビッグデータ時代がどのような位置づけにあるのか。『正体』は次のように述べている。

 「ついにデータが主役になるのだ。我々が蓄積してきたデジタル情報は、ついに斬新な方法でまったく新たな用途に生かされ、そこから新しい価値が生まれるのである。しかし、そのためには新しい考え方が必要だ。そして、我々の慣習はもちろん、自らのアイデンティティさえも変わってしまう」

 ビッグデータ時代は「データ独裁」ともいうべき、データの過大評価から真実を見失う落とし穴もともなう。

 「データを扱う人間がよく口にする言葉がある。『ゴミ入れゴミ出し』だ。…クズのデータからはクズの結果しか出てこないという戒めだ。しかし、分析結果の誤用も“ゴミ出し”につながる。ことにビッグデータでは、この問題が頻発したり、影響が大きくなったりする」と、『正体』は指摘する。    (この項続く)

エルネオス(ELNEOS)は、定期購読雑誌です。

定期購読は

http://www.elneos.co.jp/order.html

 電子版は

http://www.zasshi-online.com/Search/ProductList?page=1&sort=1&skey=%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%82%B9&stype=0&sbn=0

 

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加