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コラム

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シリーズ化に期待

今夏のドラマは実りが多かった

 WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 今夏のドラマは実りが多かった。日本テレビの「デスノート」は、主人公の夜神月(やがみらいと・窪田正孝)が、ニア(優希美青)が仕掛ける罠にはまって、燃え上がるガソリンの炎に包まれて終わった(9月13日・最終話)。死神のリュークとレムは、月光の空に飛び立っていった。

 デスノートは、炎をともに燃え尽きたようにみえたが、どうだろうか。高い視聴率を背景として、シリーズ2がいずれ放映されることだろう。

  テレ朝の「刑事7人」(9月9日・最終話)は、主人公の天樹悠(東山紀之)の過去の人生がすべて明らかになったわけではない。捜査チームのひとりである法医学者の堂本俊太郎(北大路欣也)は、米国の大学に招かれて離日した。期間は1年である。

 秋からは「相棒」のシリーズ14が始まる。「刑事7人」シリーズと改編ごとに入れ替わる編成はどうだろうか。

  フジテレビ「探偵の探偵」もまたシリーズ化に期待したいドラマである。9月17日に最終話を迎える。

 原作は松岡圭祐の小説である。講談社文庫の第1巻から3巻までが今回のシリーズである。すでに第4巻が刊行されていて、物語はさらに深く広く展開されている。

  「探偵の探偵」は、悪徳探偵をあばきだす探偵である。主役の紗崎玲奈(ささきれな)を北川景子が演じている。玲奈は妹の高校生だった咲良(さくら、芳根京子)を、ストーカーによって殺された。妹を守ろうと家族は咲良を遠縁の親戚に預けたのだったが、謎の探偵によって居所がそのストーカーに知らされたのである。

 ちなみに、咲良役の芳根京子は、TBSの「表参道高校合唱部」の主役である。

  「探偵の探偵」である玲奈(北川景子)は高校を卒業してすぐに、須磨康臣(井浦新)が経営する探偵事務所のスマ・リサーチ社が併営している、探偵の養成コースに入る。

  須磨は玲奈の目立ちすぎる美貌を目にして、影のように動く探偵には向いていないという。玲奈はいう。「探偵になりないのではない。探偵のすべてを知りたい」

  玲奈は、咲良を死に追いやった探偵を追いつめたいのである。彼女はその探偵を「死神」と呼ぶ。

  悪徳な探偵を排除して、業界を浄化したい須磨と玲奈の思惑が一致して、玲奈は探偵の養成コースを修了すると、スマ・リサーチに入社して新設の「対探偵課」のたったひとりの課員となる。

  原作の玲奈の容貌とスタイルは、主人公役の北川景子の姿と寸分も異なっていないといえるだろう。あたかも北川のために書かれた小説のようである。

  玲奈は「死神」がカゲにいると思われる事件に次々と巻き込まれていく。悪徳探偵やハングレと戦う北川景子のアクションが素晴らしい。北川の過去の作品にはなかった、新しい彼女の魅力である。

 戦いながら、顔や腹、腕や足を痛めつけられ、血を流す北川の演技は壮絶である。表情をいっさい変えない。内心の苦悶を決して顔にださない。クール・ビューティーの北川の転機となる作品である。

  最終回に向かって展開する事件は、郊外のDVシェルターから12人の女性が連れ去られた出来事である。

  ハングレ集団が、女性たちの夫や恋人から1人当たり300万円の支払いを受けて、彼女たちを彼らに引き渡そうとしていた。

  いくつかの事件を通じて、信頼し合う仲になった警視庁の警部補の窪塚悠馬(三浦貴大)と、連れ去られた女性たちを追う。

  ドラマのなかで、探偵として玲奈が駆使する手法は、防犯カメラから逃れるために雲母を混入したスプレーを自分の顔にかけて反射を利用して、特定化されるのを避けたり、郵便受けの手紙類を抜き取って、公共料金の支払先に偽の電話をかけて人物を特定したり、探偵の違法ともいえる手法が出てくる。

 小説ではさらに過激な手法がいくつも出てくるが、ドラマでは公序良俗の関係からギリギリの線であるが、ドラマの緊張感を十分に高めている。

  玲奈と警部補の窪塚は、女性たちの救出に成功するが、窪塚はハングレのひとりにナイフで刺されて死ぬ。

 玲奈がハングレに追われて、窪塚の家にかくまわれた時に、小学1年の窪塚の娘と授業参観に行くことを約束する。窪塚が死んだあと、玲奈はその娘の教室に現れる。

  妹を死に追いやった「死神」を探すために、感情を押し殺している玲奈の心のなかに、暖かい血が流れている瞬間を、ドラマが描く時、北川の演技はさらに深まっていく。

  第10話(9月10日)に至って、ついに「死神」はその姿を玲奈の前に現わした。DVシェルターから救い出した市村凛(門脇麦)が、再び夫に追われているのをかくまったのだったが、それは凛の罠だった。門脇麦は、連続テレビ小説「まれ」で希(土屋太鳳)の友人役を演じる。映画では多彩な演技を見せる注目株であり、凛役の狂気を秘めた演技もまた驚かせる。

  凛こそ、探偵としてDV被害者の身元を洗い出した張本人であった。そして、玲奈の妹の咲良を死に追いやった探偵なのだった。

  最終回で玲奈は、本望を遂げることができるだろうか。そして、彼女の人生はどうなるのだろうか。

 

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山河で43年間生き抜いたノンフィクションドラマ

リリー・フランキーの快演が胸にしみる

  WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿

 「このドラマはほぼ事実である」という字幕で始まるドラマは、結末まで幾度も驚かされ、泣かされる。

  BSプレミアム「洞窟おじさん」(7月20日)である。この2時間ドラマは、さらに10月1日から毎週4回にわたって「完全版」が放送される。

 1話完結のドラマがその後に展開されるという、珍しい編成である。「完成版」に向けて1話完結版は、いくつもの謎と余韻を残している。

  父母の虐待から逃れるために、中学1生だった加村一馬は、昭和30年代初めに家出をして、山に分け行って愛犬のシロとともに洞窟暮らしを始める。

 ウサギや鳥を獲り、イノシシをワナにかける工夫もできるようになる。高熱を出して、生死の境をさまようが、シロの介添えによって救われる。しかし、その愛犬も死んでしまう。

  青年になった一馬は、ハイキングにきた農家の夫婦に拾われて、その家で農作業をしながら暮らすようになる。夫婦の一人息子は戦死している。一馬のからだが、その息子の残した衣服にぴったりなことに喜ぶ。

  夫の砂川義夫役の井上順が、風呂場で一馬の青年時代役の中村蒼の背中を流しながら語りかける。外で風呂を沸かしている妻の雅代役の木内みどりが、その会話を聴いている。

  義夫はいう。

「わたしたちは息子をお国のために亡くした。妻も寂しがっている。もしよかったらうちにいてもらえないか、考えてくれ」

  一馬は悩んだ末に、夫婦を別れることになる。座ってお詫びの頭を下げる前に、一馬はふたりに語りかけるように思い出を語るのだった。

 「俺は人が怖い。また打たれたくない。母親も最初は優しかった。しかし、人が変わったようになった」と。

  夫婦は涙を浮かべるのだった。

  一馬はそれから、再び山に戻って、珍しい蘭の苗を売ったりして暮らすようになる。

  ドラマは、一馬(リリー・フランキー)の回想を引き出すように、飲料の自動販売機からおカネを盗もうとして、警察に捕まるシーンから始まる。

 このときに、一馬は50歳を過ぎていた。刑事・桃園幸作役の生瀬勝久と、宅間剛役の浅利陽介が掛け合いで、一馬の人生を明らかにしていく。

  ドラマはときとして、制作者の意図を超えて時代を打つものである。演出の吉田照幸は、一馬のサバイバルをかけた人生生活に驚愕したことを、制作のきっかけとして上げている。

  昭和から平成にかけて、高度経済成長を抜けて低成長に至り、バブルの崩壊があって、金融資本主義の、とめどもない奔流が幾度も、世界経済を揺さぶっている。

 一馬の人生は、そんな経済事情の変転とはなんの関係もないようにみえる。

  しかし、どうだろうか。いま欧州や先進国で問題になっている、格差の拡大と、人間が地縁や血縁から隔絶して孤立する「アトム」化時代を迎えて、一馬のたどってきた人生は、わたしたちに考えさせるものがたくさんあるように思う。

  一馬は人間社会と関係を完全に絶ったわけではない。農家の夫婦によって、いったんは洞窟暮らしから救われた。

  元社長だったホームレスを、一馬は助けて一緒に住まわせる。彼から文字を習うのである。密漁の監視の最中に土手で、痴漢に襲われた白石真佐子(坂井真紀)を助ける。そして、真佐子に、あまりにも遅いが初恋の感情を抱くのである。

  ストリップ劇場にいって、従業員とけんかになるが、根性が気に入られて働くようになって、東京から和歌山まで流れていったこともある。

 「洞窟おじさん」である一馬は、「アトム」化した人間の典型のようであって、そうではない。

  さまざま人に助けられる。そして、周囲の人々を変えていく力も持っている。一馬の子どものような純粋さに触れて、同居していた元社長は、再び人生を歩みだそうという気持ちがわいていくるのだった。家族のもとに戻る。

 初恋の相手となった、謎の女性・真佐子もまた、一馬と付き合ううちに元気になっていく。

  回想シーンのそれぞれが、印象深く心にしみる。

  珍しい蘭を取ってくることを教えてくれた男性が、実は相場の価格を大きく下回る価格で一馬から買っていたことがわかり、その男性を友人と思い込んでいた彼は大きく傷つく。

  自殺を思い立って、通りすがりのトラックを止めて、適当な場所まで運んでくれることを運転手に頼む。運転手は、富士山麓の樹海まで連れていく。そして、30分待つから、思い直したら戻ってくるように諭す。

 「人生は面白いことがある。死んだら面白いことなんてないよ」と。

  樹海の白骨死体に驚いて、一馬は死を断念する。

  窃盗容疑の裁判で執行猶予判決を受けた一馬は、刑事の桃園の勧めで、障害者施設で作業の仕事を始める。女性職員の軽部久美(尾野真千子)が担当になる。

  施設の規律に耐えかねて、山に戻ろうとする一馬と、追いついた軽部とのくんず、ほぐれつのやり取りはみせる。

 「逃げちゃだめだ。生きることは素晴らしことだ」と軽部はいう。

  10月1日からの「完成版」では、一馬の初恋の相手である真佐子や、作業所の仲間の人生の謎が解き明かされる。楽しみな展開である。

 

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 ユニクロを展開するファーストレテイリングなど二社が、週刊文春の記事に対して名誉棄損の訴訟において、最高裁が賠償請求を棄却して、ユニクロの敗訴が確定したのは昨年末のことである。

 メディアが企業の提訴に対して、敗訴が目立つなかで、文藝春秋社は一審の東京地裁、二審の東京高裁の決定に続いて、勝訴となった。

 ユニクロが問題としたのは、週刊文春の記事とその後に単行本となった「ユニクロ帝国の光と影」で、国内の店長と中国の工場の従業員が、過酷な労働をさせられている、という内容だった。

 一審の東京地裁は「国内の店長の証言の信用性は高く、中国工場についても現地取材から真実と判断した理由がある」と決定した。二審、最高裁ともに一審の判断を踏襲した。(毎日新聞・二〇一四年一二月一一日付)

 ユニクロの訴訟において特筆すべきは、損害賠償額が二億二〇〇〇万円と高額であるのと、書籍の発行の差し止めと回収を謝罪広告ともに求めた点である。

 確定判決によって、そうした訴えは退けられた。しかしながら、メディアの側には大きなしこりが残ったように思う。

 政府や大企業など、メディアに対して相対的に優位な存在が、高額な損害賠償訴訟によって言論の自由を脅かされるのではないか、という危惧である。こうした訴訟を欧米では、SLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation・スラップ)と呼ぶ。法律や判例よって、制限される傾向にある。

 ユニクロにそうした意図はうかがえず、文藝春秋社もこの視点から争ったわけではない。

 メディアの側からみると、最近の名誉棄損の訴訟における賠償金額の大きさと、企業による訴訟の増加はスラップ訴訟という観点に立って考えざるを得ない状況である。

 企業はなぜメディアを名誉棄損で提訴するのか。メディアという社会の鏡に映る自分自身の姿が、間違っていると、トップをはじめとする経営層が考えるからである。

 これを受けて、法務部門は勝訴すべく真実性と、真実相当性を争う。

 このシリーズでは、企業の訴訟と抗議について、言論の自由という幅広い観点から考えてきた。いま、スラップ訴訟という視点も重要ではないかと思う。

 つまり、企業は社会の一員として、社会の在りようを決める重要な存在である、ということだ。その行動には高い責任が求められる。

 メディアを通じて、企業と社会の交差点に位置する、広報部門の責任はますます重要である。

 報道について、真実性に問題があるのであれば、訂正を求めればよい。 真実相当性についても同様である。

 メディアという鏡があまりにも歪んだ企業像を描いているのであれば、内容証明郵便によって、メディアの見解を質せばよい。企業が訴訟に至るまでの間には、広報部門がやるべき行為は数々ある。

 広報パーソンとして、私は八年近い経歴を積んだが、訴訟に至った事案は一件もない。 (この項了)

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日本文明が世界に浸透する

  フジサンケイビジネスアイ 高論卓説 寄稿。

  徳川綱吉の側用人だった柳沢吉保の大名屋敷の庭園である、六義園に接するようにして、世界的な東洋史の文献を所蔵する「東洋文庫」はある。真夏のうだるような暑さは一転して、雷雨となって、慌てて館内に入った。

 閲覧室の開架には、元朝など中国歴代王朝の史伝が並ぶ。所蔵の文献は漢籍のみならず、チベット語やアラビア語、ペルシャ語などに及ぶ。研究者が数人、黙々と文献に向き合ってノートをとっている。戦前の三菱財閥の岩崎久弥氏のコレクションを核として、蔵書が徐々に加えられて、財団法人化してから昨年で90周年を迎えた。

 平凡社が50年以上にわたってシリーズ化している「東洋文庫」のなかにも、そうしたコレクションの一部が翻訳されている。このシリーズは850点以上に及ぶ。絶版になっているものもあり、中古本を求める研究者が多い。

 いま、シリーズのほとんどが、電子書籍で手に入る。日本の電子書籍事業の草分けのひとりである、イーブックイニシアティブジャパンの会長の鈴木雄介さん(71)が15年前に事業を始める際に、「日本の文化を担っていく」という創業の理念の象徴的な電子書籍として取り組んだ。平凡社にも保存されていなかったシリーズの一部もあって、部下たちは古書店街を駆けずり回った。

 小学館の週刊ポストの編集長などを経て、書籍の編集に関わるようになった鈴木さんは、パソコンで編集、割り付けをして印刷所に入稿するDTP(デスクトップ・パブリッシング)の可能性に引き込まれた。さらに、紙に印刷しなくても、それにふさわしい端末によって読書はできるという考えに至った。出版社や電子機器メーカー、などのメンバーを集めたうえ、旧通産省の補助金を得て、端末づくりに取り組んだ。18年前のことである。

 電子立国・日本は、あと一歩でiPadやkindleの先を行くことができたわけだ。鈴木さんは端末の木製のモックまで作った。残念ながらメーカーなどの経営層が決断できないままに、世界初の電子書籍端末は幻に終わった。

 それでも、電子書籍にこだわって起業し、2011年に東証マザーズに上場を果たし、一昨年秋には東証1部に昇格した。「書店の売り場のなかで最も大きな面積を占めている、漫画も日本文化です」。38万冊を誇る電子書籍点数のうち漫画では、日本最大級である。

 「電子書籍は言語の壁を越えていかなければなりません」と、鈴木さんは電子書籍の将来像を語る。日本市場にとどまっている限り発展はない、という考えである。最近、中国語とインドネシア語で漫画を配信する計画を打ち出したばかりだ。

 神田・駿河台にある本社を下ると、世界的な漫画コレクションの「米沢嘉博記念図書館」がある。コミックマーケットの創設メンバーのひとりで早世した、米沢氏が所蔵していた14万冊以上をもとにつくられた。

 「東洋文庫」と漫画をつなぐ地平に、日本の電子書籍の未来はある。それは日本文明の世界への浸透である。

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世界の若者の心をなぜとらえるのか

窪田正孝のキラと、山崎賢人のLの戦いが始まる

 WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿

 世界的に若者の間で知られている漫画「DEATH NOTE」が、日本テレビ日曜ドラマシリーズで始まった(第1回・7月5日)。

  主人公の夜神月(やがみ・ライト、窪田正孝)は、大学生で地元の区役所の職員を目指している。平凡に淡々と流れる人生を望んでいた。父親の総一郎(松重豊)は刑事である。母は幼い時になくなり、高校生の妹の粧裕(さゆ・藤原令子)と3人暮らしである。

 「努力をしても、カネをつぎ込んでも、人生は変わらない」とつぶやく人生観の持ち主だった。

  原作は2003年から2年半余りにわたって少年漫画誌に連載された。海外でも翻訳本が出ている。

  この作品がいったなぜ、世界の若者の心をとらえているのだろうか。ドラマは、原作の登場人物の性格を変え、また新たな登場人物を造形しているようである。

 主人公のライトが歩む時間と出来事の数々が、若者のいまを描いていくのだろう。

  主人公役の窪田正孝は、「Nのために」(TBS)や「アルジャーノンに花束を」(同)などの最新作など、青春群像を描いたドラマのなかで抜きんでた演技をみせる若手俳優である。「デスノート」でもまた、窪田の演技に魅せられる。

  ライトのバイト先の居酒屋に現れた、高校時代の同級生の不良青年が「デスノート」の最初の標的となった。バイクに乗ったその不良青年に、友人とともに路上の脇にはじき飛ばされそうになったうえに、現金30万円と引き換えを条件とし携帯電話を奪われた。

  ひとり帰宅を急ぐライトの頭上を、死神のリュークが羽ばたきながら、「デスノート」を落としていく。自宅に持ち帰って、仕様書を読むと、その人物の顔を思い浮かべながら名前を書くと、40秒後に心臓麻痺によって死ぬというのである。その後、ライトは詳細にその仕様書を読むと、死因と、死亡時刻も設定できることがわかってくる。

  半信半疑で、さきほど強請られたばかりの不良青年の名前を書いた。翌日、自宅にライトの携帯を持ってきた警察官から、彼が事故で死んだことを告げられる。葬儀を遠くで眺めていると、参列者の会話から、死因が心臓麻痺であることを知る。

  ライトが「デスノート」を使ったのは、父親が過去に捕まえた殺人犯が仮出所後に、母子を人質にとってたてこもった事件である。犯人の名前を書くと、不良青年と同様に心臓麻痺で死に、人質になった母と子どもの身代わりになった父親は無事に救出される。

  ふたりの人間を殺してしまうことになったライトは、苦悩のどん底に落ちてビルの屋上から飛び降りて、自殺を図ろうとする。

 そこに死神・リュークが現れる。

「デスノートを使えば大金持ちになることだってできる」

 デスノートをビルから投げ捨てるライトに向かってこういう。

「もし殺人犯がノートを手に入れたらどうなる?」

  ライトは、凶悪な犯罪に手を染めた、人間を次々にデスノートに名前を書くことによって、殺していく。

  荒唐無稽ともいえるストーリーと、CGによって画面を躍る死神との対話という設定にもかかわらず、ドラマに引き込まれるのはなぜなのだろうか。

 それは、この物語が世界の若者に受け入れられる、理由の一端を示しているようである。

  世界経済は右肩上がりの時代はとうに過ぎて、主要国と欧州中央銀行による流動性の確保によって、かろうじて経済崩壊をまぬがれているようだ。ギリシャをはじめとする経済破たんのなかで、失業に苦しむ若者たちの姿は、ひとりギリシャだけではない。

  若者たちには、切り拓くべき地平は見えてこない。過去を美化するのは間違っているだろう。しかし、彼らの閉塞状況はいま、戦後の歴史のなかで最も過酷ではないのか。

 金融ビジネスのなかで、カネの流れを手中に入れ、起業によって自己実現できる若者は、一握りに過ぎない。

  諦めのなかで、ジリジリとした焦燥感に焼かれるような気持ちでいるのではないのか。現代の青年たちは。

  ライトは50人以上もの人間をデスノートのよって、殺していく。彼の前に立ちはだかるのは、世界の未解決事件に挑むL(山崎賢人)である。ライトの殺人をあばき、ライトを追いつめていく。

  Lとライトの戦いは、正義と悪の戦いとして描かれてはいない。そこにまた、現代の若者たちの苦悩があるのではないか。

  正義とはなにか。社会は正義によって運営されているのか。若者たちを取り巻く環境は、単純にその答えをだせそうにもない。

  ライトとLの戦いを上から眺めるようにして、謎の美少女ニア(優希美青)が登場する。どちらが勝つのか楽しんでいるようである。

  ニア役の優希は、朝の連続テレビ小説「あまちゃん」(NHK)のご当地タレントのユニット・GMTの一員だった。その後、ドラマと映画の出演が続いている。

  ドラマは、この3人の視点が絡み合って、重層的に若者たちの希望と挫折の物語が綴られていくのだろう。

  父親ながら刑事として、大量殺人事件の犯人としてライトを追っていく、松重豊の渋い演技と、妹役の藤原令子の可憐さも見どころになる。

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