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東京は沿線の豊かな産物に頼る

   フジサンケイビジネスアイ 高論卓説 寄稿。

 暖冬の澄みきった晴天に誘われて散歩がてら、東京・日本橋にある福島県の物産を販売している「ふくしま館」に行ってみる。福島には三つの国があるといわれる。太平洋沿岸の浜通りと、東北新幹線沿いの仲通り、そして会津地方である。

 野菜コーナーには、ひと束200円のネギやニンジン、レタスなど、彩りが鮮やかだ。いわき産の「さんまのポーポー焼き」と、きざみ「喜昆布(よろこんぶ)」を買う。ポーポー焼きとは、いわきの漁師の料理で、サンマのすり身にネギやニラ、味噌などを混ぜて、ハンバーグ状にしたものである。

 東京・築地市場では「常磐もの」といえば、いわきから茨城県北部の沿岸で獲れた良質の魚をいう。いわき周辺は温暖な気候から、ネギの栽培がほぼ周年にわたっている。

さらに、高度経済成長のもとで郡山・いわき地域が新産業都市に指定されて、東北一の工業出荷額を誇るまでに成長した。日立地域の企業城下町の中小企業も含めて、首都圏の工業製品の部品加工も担っている。

 東京・日暮里駅から千葉県北西部、茨城県から浜通りを貫いて東北本線の岩沼駅につながる、「常磐線」は総延長約343㎞にも及び、その沿線の豊かな産物が首都圏を支えてきた。東日本大震災による巨大地震と津波、東京電力福島第1原子力発電所の事故によって、あまり意識されていなかったこの地域の役割が浮かび上がった。農林水産物に対する「風評被害」であり、震災直後の工業部品のサプライチェーンにおける供給の不全である。

 「常磐中心主義(ジョーバンセントリズム)」(河出書房新社)のなかで、筑波大学院准教授の五十嵐泰正さんは「常磐線沿線は『東京の下半身』なのだ」という。「近代以降の日本の『地方』はおしなべてそのように編成されてきたが、常磐線沿線はその色彩がことのほか強い」と。

福島大うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員の関沼博さんは「未来を必要としなかった路線」と位置付けて、「淡々と一次産品や工業製品、電力を生み出し、その一部を首都圏に届ける。そこには未来はないけれど現在と現実がある」と述べる。

常磐線のいわき駅から北へ23㎞の広野駅に立つ。津波に襲われた沿岸部の更地には、オフィスビルの建設が進んでいる。広野町役場の隣接地にはイオンの進出が決まっている。町役場の背後には「ミカンの丘」の看板がみえる。この町はミカンとオリーブの北限である。

 広野駅の先にある竜田駅と原ノ町駅間は、バスによる代行輸送が続いている。北端の岩沼駅に続く鉄路も不通個所の工事が急がれている。原発事故の被災地を路線の中心部に抱えているために、完全復旧のめどは立っていない。

 いわき駅行の特急のほとんどの始発駅が、上野駅から品川駅に変わったのは今年3月からである。羽田空港やいずれはリニア新幹線を利用しやすくなる。常磐線の全線にわたって列車が疾走する日、沿線の「未来」の姿をみるのが待ち遠しい。

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 ELNEOS 1月号  「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦

「人は天の道にそむかない

子に苦労をかけない

他人の中傷で心を動かさない

一家を大切に守る」

 三菱グループの創業者である岩崎彌太郎の母である美和が残した、岩崎家の家訓である(三菱資料館・成田誠一氏による)

 三菱に限らず、三井物産の前身である三井家の高平による家憲や、芙蓉グループを創業した安田善次郎の家訓など、幾多の危機を乗り越えて存続してきた企業グループが、いまも従業員たちの戒めにしている言葉は、簡にして要を得ている。

 それらの家訓や家憲に共通する文言がある。「天の道にそむかない」つまり、「お天とうさまが見ている」から、悪いことをすれば報いがある。「無私」の心もそうである。商売は利益を追求するものであるが、そこには世間さまがいる。お客さまあっての商売である。それは社会といいかえてもいいだろう。

 さて、企業はいまふたつの「コード」に適応するのに懸命である。ひとつは東京証券取引所が二〇一五年六月に制定した「コーポレートガバナンス(CG)・コード」である。もうひとつがこれと対になっている、金融庁が二〇一四年に機関投資家の行動を定めた「スチュワードシップ(SS)・コード」である。

 金融庁などの政策当局は、ふたつのコードを厳格に定めたのは、先進国のなかでは英国と並んだ、と自己評価を高らかにうたっている。

 これに対して、早稲田大学教授の上村達男氏は英国においては、ルールと法律の関係がまったく異なっている、という視点からふたつのコードのありかたを批判している(日本経済新聞・二〇一五年四月二日付「経済教室」)

 英国は自主規制の権威が極めて高く、「ソフトロー」(法的拘束力のない規範)と呼ばれる。「自主規制ルー^ルに違反すると永久追放は普通であり、違反の効果も制定法並みの効果を持つ」という。これに対して、日本は自主規制が制定法の「補完」とされてきた。

 翻ってみれば、「家訓」や「家憲」は、上村氏のいうソフトローの概念に近いと思う。

日本の近代化を急ぐ明治政府が、お雇い外国人であるフランス人法学者のボアソナードに対して、民法の制定を依頼したとき、「日本の慣習法を知らない私がいったいどうしたらよいのか」と答えた。

外国法典を翻訳して導入すればよい、と考えた政府の判断は、いまも相続や夫婦の別姓の問題につながっている。

ふたつのコードは、CGが七三原則、SSは六原則に及ぶ。

これ自体を否定するつもりはない。広報パーソンは熟読すべきだろう。

しかし、そこには彼らに目新しい事項はないはずである。

伝統ある企業の「家訓」や「家憲」は、ひとりその企業のものではない。日本の企業に浸透してきた「ソフトロー」である。

安田善次郎家訓はいう。

「主人は一家の模範なり、われよく勤めれば、衆なんぞ怠たらん

 われよく公なれば、衆なんぞあえて私せん」と。

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フジ「無痛◂診える眼▸」で謎のカギを握る

イバラ役の中村蒼の可能性

 WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 秋のドラマは終幕を迎え、あるいはラストまであと1回に迫る。フジテレビ「無痛◂診える眼▸」(最終回・12月16日)は、同じ水曜日・夜10時放映の日本テレビ「偽装の夫婦」(12月9日完)と競った。視聴率では「偽装」が勝利を収めた形となっている。

  「偽装」のエンディングは、男女それぞれのカップルが異性ではなく同性を選んだ幸せを語ったあとに、嘉門ヒロ(天海祐希)と陽村超治(沢村一樹)が戯れるようにして、お互いを理解しながら真の夫婦になって3年が経ったことを振り返って終わった。

  「無痛」は視聴率では負けたとはいえ、医療と推理が絡み合うサスペンスの意欲的な作品だった。フジが13年余りぶりに、この時間帯のドラマを復活させてから2年余りが経つ。「若者たち」や「ファーストクラス」など、視聴率で健闘したドラマもあった。

 日テレとの競争に敗れるケースが多く、この枠のドラマをやめてバラエティーに変更するのではないか、と業界ではささやかれている。

  「無痛」のドラマのなかで、観客が発見するのは、サスペンスのカギを握っている、イバラ役の中村蒼の演技だろう。彼は頭と眉が無毛の顔を持ち、痛みを感じない。その登場は画面に異様な緊張感をもたらす。

  美男子コンテストで中学生ながらグランプリを獲得した、中村はドラマ、映画、舞台と切れ目なく演出家が起用している若手俳優である。どんな色にも染めようと思えば染まっていく綿布のような存在がそうさせるのではないだろうか。それは没個性ということではない。

  最近の出演のなかで、NHKのドラマに限ってみていこう。「かぶき者 慶次」では、関ヶ原の戦いで亡くなった石田三成の忘れ形見の役・前田新九郎を演じた。そのことを隠して息子として育てているのが前田慶次(藤竜也)である。「洞窟おじさん」では子どものころに家出をして洞窟暮らしをしてきた加山一馬の少年時代を演じている。

  ドラマの魅力を作っているのは、中村の好演があるのは間違いないのだが、その印象が薄いのである。演出家が抑えた演技を要求しているというわけではないだろう。なにか中村のなかにある才能の奔流を引き出し切れていないように思ったものだ。

  「無痛」のイバラ役は、そんな中村の才能のほとばしりを感じさせた。

  最終回に向かって、ドラマの進展の速度は速まって、第9回(12月9日)はイバラの過去が解き明かされる。ドラマの縦糸となっている、一家4人殺害事件の犯人は、イバラなのか。

  ドラマは、患者の病巣が目で見える医師・為頼英介(西島秀俊)と、無痛治療を目指す白神メディカルセンターの医師の白神陽児(伊藤英明)との出会いから始まる。為頼は殺人を犯そうとする人物の表情に「犯意症」が、まるで血管が浮き上がったようになる表情を読み取ることができる。ふたりは、無痛治療の開発と犯意症の解消方法を研究することで手を握る。

  白神は、無痛症のイバラに対して、新薬を投与して、無痛治療の治験を深めようとしている。その後遺症から、無意識のうえで凶暴性を発揮しているのではないか、と為頼は疑うようになる。

  一家殺害事件を追う、刑事の早瀬順一郎(伊藤淳史)は犯人を追うなかで、「犯意症」が現れることを、為頼から警告される。いったんは、為頼にその治療を頼んだ早瀬だったが……。

  一家殺害事件の容疑者は、二転三転して、言葉を失った入院患者の南サトミ(浜辺美波)が疑われる。殺害現場の様子を忠実になぞったような絵を描いていたからである。現場で発見された帽子とそれについていた金髪に染められた髪の毛も、サトミの疑惑を深める。

  白神メディカルセンターの臨床心理士である、高島菜見子(石橋杏奈)が、かつての恋人であった佐田要造(加藤虎之助)にストーカー行為をされる。この佐田をイバラが殺害した容疑が浮上する。

  そして、イバラとサトミは白神メディカルセンターを抜け出して、逃亡の旅にでる。追い詰められたイバラは、衰弱したサトミを為頼の自宅まで運び込む。

 さらに、イバラを追跡していた刑事の早瀬は、犯意症の表情を浮かべて、拳銃でイバラを撃つ。イバラは川に飛び込むようにして倒れ、行方がわからなくなる。

  最終回は、一家殺人事件の謎が解き明かされて、イバラの最期もはっきりとするのだろう。

  映画「東京難民」(2014年)で、中村は父親の仕送りが途絶えて大学を除籍になり、アパートも追われ、ネットカフェで暮らすうちに、ホストとなる。そして同僚の借金を背負う形となって、逃げ出して土木作業員になる。しかし、追ってきたホストクラブの経営者の暴力団関係者に殴り倒され一時は記憶を失う。多摩川の河川敷に置き去りにされたところをホームレスに救われて、空き缶拾いや古雑誌の販売などをする。

  優しさにあふれながら、底辺に落ちながらも、生きる気力を取り戻していく。

 刻々と変化する環境のなかで、さまざまな表情をみせていく演技。「無痛」にも通じる。 中村の若手俳優としての将来が楽しみである。

 

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アラフォーを超えた女優はどこへ

WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 天海祐希は宝塚歌劇団のトップスターから退団してから、20年を経た。「アラフォー」の代表的な女優も50歳が間近い。それなのにまったく年齢を感じさせない。「天下の美女」といわれた美貌に衰えはない。

  日本テレビ・水曜ドラマ「偽装夫婦」は、主演の天海がけれんみのない安定した演技で魅せる。かわいいことが優先された女優の世界にあって、大人の天海のデビューは新鮮だった。

 それは、日本の映画やドラマがしばらく忘れていた記憶だった。

  図書館の司書・嘉門ヒロ役の天海は、独身を続けてきたが、大学時代に一度だけ恋をした陽村超治(沢村一樹)と結婚する。彼は幼稚園の園長代理である。

  超治の母・華苗(富司純子)が、余命半年のガンにおかされている、と告白して、超治に自分が死ぬ前に結婚することを迫った末のことだった。

  ところが、この病気話は実は超治を結婚させるための嘘であったことがわかってくる。

  しかも、超治はゲイであった。宅配業者の青年である弟子丸保(工藤阿須加)に思いを寄せている。

  天海が演じるヒロは、ほとんど感情を表に現わさない。心の叫びは、古い映画の字幕のように現れる。

  「なにいってんだ。ババア」

  図書館の本を汚しては返却する中年女性に対して。

  「わたしは本当に彼を好きになりそう」

  ひとつ屋根の下に住みながら、「偽装夫婦」を演じているうちに、超治の純粋な心に触れて、かつての愛情を取り戻してきたのである。

  ところが、ヒロがそのことを告白しようとすると、超治は憧れている保(工藤)のもとへ出かけてしまうのである。酔った勢いで保に告白すると、保に驚かれてしまい、傷つく超治であった。

  ドラマは上質なコメディに仕上がっている。そして、これまで数々のドラマで高視聴率を獲得したように、天海の演技は確実である。

  天海の女優人生に欠けているのは、主演作に対する世界的な賞である。主演女優賞を獲得して欲しいばかりではない。カンヌ、ヴェネツィア、ベルリンの映画祭で監督が最高賞を獲得した作品のエンドロールに、彼女の名前を見出したい。

  デビュー作には、その後の女優人生の将来が暗示されているものである。天海のドラマ初主役は、フジテレビの「橋の雨」(1996年)だった。伊集院静の原作。CSの専門チャンネルで最近観た。

 普通のOL役の天海が、ふとしたきっかけでヤクザの緒方拳と知り合う。緒方は天海を自分の世界に引きずり込むことを避ける。天海は自分も緒方と同じように、背中にコイの彫り物を入れて、結ばれようとする。しかし、緒方はヤクザの抗争のなかで死んで、ついにふたりは結ばれない。

  汚れ役を演じているようでいて、やはり「天下の美女」である。制作者たちはそんな天海に、日本を代表する緒方を配し、ひそかに天海を慕う役に当時は若手の阿部寛を当てる。

  宝塚の舞台で、トップスターを光り輝く存在にするように、相手役と脇役に演技力の高い人材を配する。

  今回のドラマも、偽装の夫婦をともに演じる沢村をはじめ、姑役の富司、叔母役には個性派女優のキムラ緑子が脇を固めて、宝塚のスターシステムのように天海を支えている。

  「偽装夫婦」のテーマは、家族とはなにか、にある。シリーズは毎回、小さな事件が起きて、そして家族が愛し合うことの難しさと暖かさを描いていく。

  第6話(11月11日)は、超治が園長代理を務める幼稚園の園児がいなくなる。母親の水森しおり(内田有紀)は実は、弁護士の夫から家庭内暴力を受けて娘の園児とひっそりと暮らしていたのだった。居所をつきとめた夫によって、娘は実家に連れ去られた。

  ヒロと超治は、園児の奪回作戦をたてる。宅急便業者の保(工藤)が配達を装って、娘の実家に入り込み、あらかじめ録音しておいたが母親のしほり(内田)が外に出るように、という声によって、娘を救い出す。

 そして、ヒロの素人とは思えない法律知識によって、再び娘を取り戻しにきた弁護士をやりこめて、奪回作戦は成功に終わる。

  再縁を迫る夫に対して、しほりはいう。

  「もうあなたと一緒にいるつもりはない。いまはヒロさんと暮らすのが夢だ」と。

  男女の性差を超えて、さまざまなカップの在り方を肯定する、LGBT運動がドラマの下敷きになっている。超治と保、ヒロとしほり。家族の在り方はこれから、多様になっていくのだろう。

  こうしたドラマがゴールデンタイムに堂々と放映される時代になったことは、未来を暗示する。

  さて、「天下の美女」である天海の未来である。アラフォーを代表する女優として、アラフォーという言葉の流行に一役買った彼女は、50歳を間近に控えてどう変身していくのだろうか。あるいは、いつまで宝塚のスターシステムのような、彼女にスポットライトがあたるドラマのなかで生き続けていけるのだろうか。

  家族の在り方を問う今回のドラマの演技は、コメディアンヌでありながらシリアスな問題に切り込む二重性をもっている。天海のなかに、引き出されていない可能性はまだまだあるのは間違いない。

 

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モノと書籍の販売が融合する

  フジサンケイビジネスアイ 高論卓説 寄稿。

 東京・渋谷のスクランブル交差点で、自撮棒で撮影する外国人観光客の波をすり抜けながら、公園通りに向かう。左手に折れれば代々木公園につながり、その先には明治神宮、表参道に抜けていく。

 公園通りの入り口のランドマークである、マルイが19日にリニューアルして「渋谷モディ」という新しい業態が姿を現す。店頭の飾りつけはすでにクリスマス一色である。街にはホワイト・クリスマスの曲が流れている。

 マルイは今後、ショッピングセンターの「マルイ」と、モノだけではない学びや体験を提供する「モディ」のふたつのブランドを持つことになる、という。

 新店の9階ある売り場のなかで、5階から7階までを「ブック&カルチャー」が占める。フロアごとにテーマと決めて、それに関する書籍や音楽、映像の関連商品を販売する。カフェがそれぞれの階に設けられる。販促のイベントやセミナーなども開いていくという。

 公園通りは1970年代から80年代にかけて、若者たちをひきつけた街である。マルイは「月賦」という言葉を「クレジット」と変えて、日本で初めてクレジットカードを発行した。丸井の「赤いカード」である。西武百貨店の渋谷店やパルコも、モノの消費の時代の寵児だった。

 新しい業態の出現によって、街の変化がはっきりとみえる。いかにして日本の都市は変貌を遂げるのか。建築家の槙文彦氏は「見えがくれする都市」(鹿島出版会)のなかで、「都市の姿に意外性、新鮮さ、変化、アイロニィを与え、都市を興味あるものとしている」要因として、「多数の主体の意図と思わくの働きかけが強い」と述べている。

 高度経済成長の尻尾をひきずった団塊の世代が、渋谷から伸びる私鉄沿線に住宅を購入して、モノに対する執着がかつての渋谷の繁栄を産み落とした。「さとり世代」と呼ばれる20歳代半ばにかけてと、それに先行する「草食世代」の30歳代半ばまでの若者たちは、都心に回帰して、モノの消費にはそのきっかとなる物語を求める。

 表参道に今秋、海外旅行会社のH.I.Sが新たに開いたカフェと書籍の販売を兼ねた店舗を訪ねた。入口にカフェがあり、コヒーを買い求めて、地下に下る。そこには地域別の書籍が並ぶ。来店者は自由に本を手に取って読める。

 書籍は旅行案内のガイドブックから、その土地を訪れた作家によるエッセイ、写真集など多岐にわたっている。そして、もう一階下ると旅行の相談窓口がある。

 渋谷と東横線自由が丘駅、田園都市線二子玉川駅の3点を結んだ地域をいま、「プラチナ・トライアングル」と呼ぶ。二子玉川駅に隣接する商業施設には、カルチャー・コンビニエンス・クラブ(蔦屋)が、電化製品とソファなどの家具と書籍を販売する新しい業態が、今春にオープンした。

 江戸城から見て南西に当たる「城南地区」に、若い女性や家族層が増えている。東京の重心が西に移ろうとしているとき、街はさらに装いを変えていくことだろう。

 

 

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