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コラム

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WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

NHK大河ドラマ「真田丸」は先が見えない現代と重なる

「三谷組」の演技も楽しみに

 2016年新春スタートのNHK大河ドラマは、三谷幸喜・作の「真田丸」である。ドラマや人形劇で取り上げられてきた、真田十勇士の物語は少年少女時代の思い出と重なる読者も多いのではないか。

  「真田丸」はそんな先入観をまったく裏切る真田家の物語になりそうだ。NHKは早くも出版の形をとって、前編13話の内容を紹介するムック本を出している。

 三谷の意欲は、真田幸村として知られる、武将の名前を歴史的に正しい「信繁」(堺雅人)として登場させることにも表れている。

  「物語作家としては、敗れていった人たちのほうがドラマチックに書けるということもあります」と、三谷は述べている。

  大河ドラマの脚本は、「新選組!」(2004年)以来である。この作品では近藤勇の生涯に焦点をあわせた。

  信繁と勇についても「この2人に共通しているのは、『敗者』であること。時代を作った人よりも、時代から取り残された人たちの人生に、僕は興味があります。この世の中は、何かを成し遂げられずに人生を全うする人のほうが圧倒都的に多いわけですから、そういう人たちの代表として、彼らを描きたい」と。

  「大阪夏の陣」から33年前から、ドラマ「第1話・船出」は始まる。信繁は「夏の陣」において、徳川家康を自害のあと一歩まで追い込んだ。戦国武将として長くその名が残っている理由である。

 信繁の父・昌幸(草刈正雄)と母・薫(高畑淳子)の次男として生まれた、信繁は兄の信幸(大泉洋)とともに、真田家の生き残りをかけて戦国時代を生き抜こうとしていた。

  真田家はもともと、昌幸の先代の幸綱が武田家に仕えていた。昌幸の代になって真田家を最初に襲った危機は、その武田家の滅亡である。

  武田信玄なきあと、息子の勝頼(平岳大)があとを継いだが、義弟が織田信長(吉田鋼太郎)側についた裏切りによって、窮地に陥る。

  昌幸(草刈正雄)は勝頼に対して、自らが本拠を置く上野(こうずけ)・吾妻(あがつま)軍の山城にいったんは引いて、態勢を整えて反撃にでることを進言する。しかし、勝頼は別の家臣の岩殿城に撤退することを決断する。

  それでも、昌幸は次のように言上する。

  「われらからも御屋形様にはなむけを差し上げます。御屋形様のお手勢百、岩殿へお連れください」

  自らの手勢を割いてまで、勝頼に忠心を尽くした結果、真田家の人々は、本拠地に撤退する道すがら、野盗と化した百姓に襲われることになる。

  「敗者に惹かれるといいましたが、『滅びの美学』は好きではありません。信繁は、死に花をさかせるためではなく、あくまでも勝つつもりで大阪城に入ったと思いたい」と、三谷はいう。

  真田家の前には、幾つもの分かれ道が待ち受けている。「関ケ原」の戦の前には、佐野の犬伏の地で、父親の昌幸(草刈正雄)と兄の信幸(大泉洋)、信繁(堺雅人)が会談して、昌幸と信繁は石田三成方に、信幸は家康方につくことを決める。

  映画などで「三谷組」と呼ばれる、常連の俳優たちが脇を固めているのも、ドラマの展開を三谷らしい自由自在にしていくことだろう。

  昌幸(草刈正雄)と敵対する武将の室賀正武に西村雅彦が、秀吉の正室・寧(ねい)に鈴木京香が配されている。

  信繁の兄として物語のなかで存在感を示す、信幸役の大泉洋は、映画「清須会議」(2013年)で秀吉を演じた。同じ映画で、丹羽長秀を演じた、小日向文世は今回、秀吉である。

  喜劇作家としてみられる三谷であるが、その作品はユーモアの味付けが少々加えられているとはいえ、人間の権力欲や所有欲、愛欲など逃れられない「業(ごう)」に切り込む作家である、と思う。

  「ザ・マジックアワー」(2008年)は、太陽が沈む刹那の残光のなかに照らし出される美しい風景が現れる時間を、人生に重ねている。劇中劇ともいえる古い映画のなかで、主役を演じた柳澤眞一が、いまでは老人となってコマーシャルの登場人物となっている。それでも、また主役を演じる夢を抱いている。

  夢見ることは、美しい。そんなマジックアワーのセットのライティングは、物語のすべてを現しているようである。

  大河ドラマは、制作者の意図を超えて時代の象徴となる。逆に、時代の流れと異なるときには、あまり話題にならない。

  前作「花燃ゆ」の視聴率の低迷は、主役の井上真央のせいではない。司馬遼太郎がいう「坂の上の雲」を目指した明治維新の時代相は、現代と不具合をきたしている。

 「賊軍の昭和史」(2015年、半藤一利・保阪正康)が話題になったように、維新を成し遂げた薩長閥が太平洋戦争をはじめ、総理だった鈴木貫太郎らかつての賊軍の出身者が終戦に持ち込んだという、歴史の見直しがなされている。

  そして、いま時代はその先行きが、ますます不透明となって読めない。メディアは「老人破たん」を声高に報じるが、その対策は示し得ない。

  時代の動向を感じられない劇作家はいない。三谷の「真田丸」は家族が、この時代をいかにして生き抜くか、というテーマが底に流れているようにみえる。

 

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ELNEOS 2月号  「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦

 歴史は政治史として刻まれていく。経済を基盤として政治や社会が規定される、歴史の発展段階を想定するマルクス史観は誤りである。

 東洋史学の巨峰である、東京外国大学名誉教授の岡田英弘氏の視点である。

 政治が経済すなわち企業の行方を少なからず決定づける。時はいま、今夏の参議院議員選挙に向けて「政治の季節」を迎えている。さらに衆議院議員選挙とのダブル選挙の可能性もささやかれている。

 企業広報に携わっている、広報パーソンはこの季節の動向に注視しなければならない。広報という分野のエキスパートとして、その経験から政治を眺めることは職務にとって役立つことだろう。

 政治なかんずく政党の広報活動の略史を綴った「メディアと自民党」(角川新書)は、戦後の政党の広報戦略について振り返るうえで好著である。筆者は東京工業大学マネジメントセンター准教授の西田亮介氏。いわゆるネット選挙についての研究において先駆者である。

 本書の特徴は、政党関係者のみならず、選挙に関わってきた広告代理店やPR会社などの担当部署の人々に対するインタビューにある。

 人文系の研究において、文献ばかりではなく、インタビューなどの「質的研究」の重要性がとみに高まっている。ノンフィクションの領域とかなり近い。

 主題が脇道にそれた。西田氏の著作の要点は、広報戦略において、自民党のみが、企業のマーケティングやPR、PA(パブリックアフェアーズ・公共的な課題に対する広報)の技法を取り入れた、としている。

 これに対して、民主党をはじめとする野党は有機的な組織対応ができていない、と論じている。

 さらに、重要な指摘は、メディアの側が自民党の広報戦略に対する自覚が薄く、伝統的な政治取材の手法から転じていない、という点である。

 政治学の教科書のなかには、政治の主体として「政治部記者」をあげるものがある。経済部記者が企業社会をつくったり、社会部記者が社会をつくったりする、という表現には違和感があるだろう。

 記者出身者として、政治部記者の政局における役割について、政治の主体となる、という説はうなずける。

 伝統的な政治部記者は、与党の幹部や派閥ごとに記者を張りつけている。これを「番記者」という。それぞれが担当している政治家の動静や発言などを現場の指揮をとる、キャップやデスクにあげることによって、最終的に政局の方向性を打ち出す記事が完成する。

 「メディアと自民党」の筆者である西田氏は、こうした現状をメディアと政治の「慣れ親しみ」の段階と位置付ける。

 「ネットの普及は、メディアと政治の関係を変えようとしている」としながらも、「集合知や市民ジャーナリズムなどという言葉で楽観的な文脈で語られてきた『夢』は一向に現実味を帯びてこず、むしろ政治がメディアに対し主導権を握ろうとする禍々(まがまが)しく、また『戦略的』な行為が露呈している」と警鐘を鳴らしている。

          (この項続く)

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東京は沿線の豊かな産物に頼る

   フジサンケイビジネスアイ 高論卓説 寄稿。

 暖冬の澄みきった晴天に誘われて散歩がてら、東京・日本橋にある福島県の物産を販売している「ふくしま館」に行ってみる。福島には三つの国があるといわれる。太平洋沿岸の浜通りと、東北新幹線沿いの仲通り、そして会津地方である。

 野菜コーナーには、ひと束200円のネギやニンジン、レタスなど、彩りが鮮やかだ。いわき産の「さんまのポーポー焼き」と、きざみ「喜昆布(よろこんぶ)」を買う。ポーポー焼きとは、いわきの漁師の料理で、サンマのすり身にネギやニラ、味噌などを混ぜて、ハンバーグ状にしたものである。

 東京・築地市場では「常磐もの」といえば、いわきから茨城県北部の沿岸で獲れた良質の魚をいう。いわき周辺は温暖な気候から、ネギの栽培がほぼ周年にわたっている。

さらに、高度経済成長のもとで郡山・いわき地域が新産業都市に指定されて、東北一の工業出荷額を誇るまでに成長した。日立地域の企業城下町の中小企業も含めて、首都圏の工業製品の部品加工も担っている。

 東京・日暮里駅から千葉県北西部、茨城県から浜通りを貫いて東北本線の岩沼駅につながる、「常磐線」は総延長約343㎞にも及び、その沿線の豊かな産物が首都圏を支えてきた。東日本大震災による巨大地震と津波、東京電力福島第1原子力発電所の事故によって、あまり意識されていなかったこの地域の役割が浮かび上がった。農林水産物に対する「風評被害」であり、震災直後の工業部品のサプライチェーンにおける供給の不全である。

 「常磐中心主義(ジョーバンセントリズム)」(河出書房新社)のなかで、筑波大学院准教授の五十嵐泰正さんは「常磐線沿線は『東京の下半身』なのだ」という。「近代以降の日本の『地方』はおしなべてそのように編成されてきたが、常磐線沿線はその色彩がことのほか強い」と。

福島大うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員の関沼博さんは「未来を必要としなかった路線」と位置付けて、「淡々と一次産品や工業製品、電力を生み出し、その一部を首都圏に届ける。そこには未来はないけれど現在と現実がある」と述べる。

常磐線のいわき駅から北へ23㎞の広野駅に立つ。津波に襲われた沿岸部の更地には、オフィスビルの建設が進んでいる。広野町役場の隣接地にはイオンの進出が決まっている。町役場の背後には「ミカンの丘」の看板がみえる。この町はミカンとオリーブの北限である。

 広野駅の先にある竜田駅と原ノ町駅間は、バスによる代行輸送が続いている。北端の岩沼駅に続く鉄路も不通個所の工事が急がれている。原発事故の被災地を路線の中心部に抱えているために、完全復旧のめどは立っていない。

 いわき駅行の特急のほとんどの始発駅が、上野駅から品川駅に変わったのは今年3月からである。羽田空港やいずれはリニア新幹線を利用しやすくなる。常磐線の全線にわたって列車が疾走する日、沿線の「未来」の姿をみるのが待ち遠しい。

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 ELNEOS 1月号  「ほまれもなく そしりもなく」 田部康喜 広報マンの攻防戦

「人は天の道にそむかない

子に苦労をかけない

他人の中傷で心を動かさない

一家を大切に守る」

 三菱グループの創業者である岩崎彌太郎の母である美和が残した、岩崎家の家訓である(三菱資料館・成田誠一氏による)

 三菱に限らず、三井物産の前身である三井家の高平による家憲や、芙蓉グループを創業した安田善次郎の家訓など、幾多の危機を乗り越えて存続してきた企業グループが、いまも従業員たちの戒めにしている言葉は、簡にして要を得ている。

 それらの家訓や家憲に共通する文言がある。「天の道にそむかない」つまり、「お天とうさまが見ている」から、悪いことをすれば報いがある。「無私」の心もそうである。商売は利益を追求するものであるが、そこには世間さまがいる。お客さまあっての商売である。それは社会といいかえてもいいだろう。

 さて、企業はいまふたつの「コード」に適応するのに懸命である。ひとつは東京証券取引所が二〇一五年六月に制定した「コーポレートガバナンス(CG)・コード」である。もうひとつがこれと対になっている、金融庁が二〇一四年に機関投資家の行動を定めた「スチュワードシップ(SS)・コード」である。

 金融庁などの政策当局は、ふたつのコードを厳格に定めたのは、先進国のなかでは英国と並んだ、と自己評価を高らかにうたっている。

 これに対して、早稲田大学教授の上村達男氏は英国においては、ルールと法律の関係がまったく異なっている、という視点からふたつのコードのありかたを批判している(日本経済新聞・二〇一五年四月二日付「経済教室」)

 英国は自主規制の権威が極めて高く、「ソフトロー」(法的拘束力のない規範)と呼ばれる。「自主規制ルー^ルに違反すると永久追放は普通であり、違反の効果も制定法並みの効果を持つ」という。これに対して、日本は自主規制が制定法の「補完」とされてきた。

 翻ってみれば、「家訓」や「家憲」は、上村氏のいうソフトローの概念に近いと思う。

日本の近代化を急ぐ明治政府が、お雇い外国人であるフランス人法学者のボアソナードに対して、民法の制定を依頼したとき、「日本の慣習法を知らない私がいったいどうしたらよいのか」と答えた。

外国法典を翻訳して導入すればよい、と考えた政府の判断は、いまも相続や夫婦の別姓の問題につながっている。

ふたつのコードは、CGが七三原則、SSは六原則に及ぶ。

これ自体を否定するつもりはない。広報パーソンは熟読すべきだろう。

しかし、そこには彼らに目新しい事項はないはずである。

伝統ある企業の「家訓」や「家憲」は、ひとりその企業のものではない。日本の企業に浸透してきた「ソフトロー」である。

安田善次郎家訓はいう。

「主人は一家の模範なり、われよく勤めれば、衆なんぞ怠たらん

 われよく公なれば、衆なんぞあえて私せん」と。

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フジ「無痛◂診える眼▸」で謎のカギを握る

イバラ役の中村蒼の可能性

 WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

 秋のドラマは終幕を迎え、あるいはラストまであと1回に迫る。フジテレビ「無痛◂診える眼▸」(最終回・12月16日)は、同じ水曜日・夜10時放映の日本テレビ「偽装の夫婦」(12月9日完)と競った。視聴率では「偽装」が勝利を収めた形となっている。

  「偽装」のエンディングは、男女それぞれのカップルが異性ではなく同性を選んだ幸せを語ったあとに、嘉門ヒロ(天海祐希)と陽村超治(沢村一樹)が戯れるようにして、お互いを理解しながら真の夫婦になって3年が経ったことを振り返って終わった。

  「無痛」は視聴率では負けたとはいえ、医療と推理が絡み合うサスペンスの意欲的な作品だった。フジが13年余りぶりに、この時間帯のドラマを復活させてから2年余りが経つ。「若者たち」や「ファーストクラス」など、視聴率で健闘したドラマもあった。

 日テレとの競争に敗れるケースが多く、この枠のドラマをやめてバラエティーに変更するのではないか、と業界ではささやかれている。

  「無痛」のドラマのなかで、観客が発見するのは、サスペンスのカギを握っている、イバラ役の中村蒼の演技だろう。彼は頭と眉が無毛の顔を持ち、痛みを感じない。その登場は画面に異様な緊張感をもたらす。

  美男子コンテストで中学生ながらグランプリを獲得した、中村はドラマ、映画、舞台と切れ目なく演出家が起用している若手俳優である。どんな色にも染めようと思えば染まっていく綿布のような存在がそうさせるのではないだろうか。それは没個性ということではない。

  最近の出演のなかで、NHKのドラマに限ってみていこう。「かぶき者 慶次」では、関ヶ原の戦いで亡くなった石田三成の忘れ形見の役・前田新九郎を演じた。そのことを隠して息子として育てているのが前田慶次(藤竜也)である。「洞窟おじさん」では子どものころに家出をして洞窟暮らしをしてきた加山一馬の少年時代を演じている。

  ドラマの魅力を作っているのは、中村の好演があるのは間違いないのだが、その印象が薄いのである。演出家が抑えた演技を要求しているというわけではないだろう。なにか中村のなかにある才能の奔流を引き出し切れていないように思ったものだ。

  「無痛」のイバラ役は、そんな中村の才能のほとばしりを感じさせた。

  最終回に向かって、ドラマの進展の速度は速まって、第9回(12月9日)はイバラの過去が解き明かされる。ドラマの縦糸となっている、一家4人殺害事件の犯人は、イバラなのか。

  ドラマは、患者の病巣が目で見える医師・為頼英介(西島秀俊)と、無痛治療を目指す白神メディカルセンターの医師の白神陽児(伊藤英明)との出会いから始まる。為頼は殺人を犯そうとする人物の表情に「犯意症」が、まるで血管が浮き上がったようになる表情を読み取ることができる。ふたりは、無痛治療の開発と犯意症の解消方法を研究することで手を握る。

  白神は、無痛症のイバラに対して、新薬を投与して、無痛治療の治験を深めようとしている。その後遺症から、無意識のうえで凶暴性を発揮しているのではないか、と為頼は疑うようになる。

  一家殺害事件を追う、刑事の早瀬順一郎(伊藤淳史)は犯人を追うなかで、「犯意症」が現れることを、為頼から警告される。いったんは、為頼にその治療を頼んだ早瀬だったが……。

  一家殺害事件の容疑者は、二転三転して、言葉を失った入院患者の南サトミ(浜辺美波)が疑われる。殺害現場の様子を忠実になぞったような絵を描いていたからである。現場で発見された帽子とそれについていた金髪に染められた髪の毛も、サトミの疑惑を深める。

  白神メディカルセンターの臨床心理士である、高島菜見子(石橋杏奈)が、かつての恋人であった佐田要造(加藤虎之助)にストーカー行為をされる。この佐田をイバラが殺害した容疑が浮上する。

  そして、イバラとサトミは白神メディカルセンターを抜け出して、逃亡の旅にでる。追い詰められたイバラは、衰弱したサトミを為頼の自宅まで運び込む。

 さらに、イバラを追跡していた刑事の早瀬は、犯意症の表情を浮かべて、拳銃でイバラを撃つ。イバラは川に飛び込むようにして倒れ、行方がわからなくなる。

  最終回は、一家殺人事件の謎が解き明かされて、イバラの最期もはっきりとするのだろう。

  映画「東京難民」(2014年)で、中村は父親の仕送りが途絶えて大学を除籍になり、アパートも追われ、ネットカフェで暮らすうちに、ホストとなる。そして同僚の借金を背負う形となって、逃げ出して土木作業員になる。しかし、追ってきたホストクラブの経営者の暴力団関係者に殴り倒され一時は記憶を失う。多摩川の河川敷に置き去りにされたところをホームレスに救われて、空き缶拾いや古雑誌の販売などをする。

  優しさにあふれながら、底辺に落ちながらも、生きる気力を取り戻していく。

 刻々と変化する環境のなかで、さまざまな表情をみせていく演技。「無痛」にも通じる。 中村の若手俳優としての将来が楽しみである。

 

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