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政治経済情報誌「ELNEOS」2月号寄稿

警視庁公安部が通信大手のソフトバンクの元社員・荒木豊容疑者を在日ロシア通商代表部の幹部職員に対して不正に機密を漏洩した、として不正競争防止法違反容疑で逮捕したのは一月下旬のことである。

 同社が二月七日に開いた二〇二〇三月期・第三四半期の決算会見において、宮内謙社長は元社員が持ち出した情報は、基地局づくりの手順書だったことを明らかにした。そのうえで、「(元社員の容疑者は)まじめな人だが、ロシアの古典的なスパイ活動にはまってしまったということではないか」と推定してみせた。

 「通信の秘密、機密性の高いものにはタッチできなかった。そこは安心していただきたい」――宮内社長が謝罪の言葉のあとに付け加えた理由は、ソフトバンクグループのインターネット接続サービスの子会社がかつて、加入者の個人情報を契約社員に盗まれ、宗教集団の幹部の手に渡って恐喝された事件である。

 ロシアの諜報活動からみれば、人的接触すなわちヒューミントによって得た、基地局の手順書は十分な成果であったといえるだろう。

 手順書の詳細は明らかにされていないが、基地局の位置や導入されている機器の生産国や機能がわかれば、ロシアはインターネットによる攻撃や諜報がやりやすくなるだろう。

 ヒューミントは古典的なスパイ活動とはいいきれない。諜報活動はいま、確かにサイバー空間のインテリジェンスの存在が高まっているが、ヒューミントは依然として諜報の大きな柱である。

 今回のロシアによるスパイ事件から、ソフトバンクが教訓を得るとするならば、加入者の利益を守ることは当然ながら、「国益」を担っている企業としての自覚の必要性だろう。

 中国の世界的な通信機器大手である、ファーウェーの製品について、米国政府が一昨年、国内の通信会社にその使用を禁じたのを受けて、日本政府が企業名を明らかにしないながらも、追随する方針を明らかにしたとき、ソフトバンクの反応はいささか反発ぎみであった。

 最近では、次世代通信の5Gの新規投資において、ファーウェーの機器を使用しないことを約する軌道修正を行っている。

 いうまでもなく、諜報活動はそれぞれの国家の「国益」の達成のために行われている。グローバリズムの進展によっても、国民国家の壁が崩れたわけではない

 広報パーソンと渉外部門の役割は、メディアが発している情報と官公庁などの情報の海のなかから、「国益」にからむ諜報について重要な一片を拾い出すことにある。

 ファーウェーの問題については、英国のテリーザ・メイ政権下の昨年五月、ギャビン・ウィリアムソン国防大臣の解任事件がそれにあたる。英国メディアが、ファーウェーの通信機器が通信の秘密を脅かす通路(ホール)を英国政府はすでに見つけ出しており、それを塞げば利用が可能だ、と結論づけたと報道したことに端を発する。英政府の調査の結果、情報源が特定されたのである。サイバー・インテリジェンスの専門部署でなければ、ホールは発見できない。日本の新聞はこの事件をベタ記事で伝えていた。

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政治経済情報誌「ELNEOS」2月号寄稿

 政府は通常国会に「GAFA」と呼ばれる世界的な巨大IT企業について、個人情報保護法の改正案と、独占禁止法の「優越的地位の乱用」を、個人に対しても適用できるようにする同法の運用指針などを提出する。

 巨大IT企業が個人情報を握って、さまざまなビジネスに生かそうとしているのは間違いない。しかし、我々を監視しているのは、先進諸国の政府そのものである。市民も企業も「監視社会」のなかにいる。

 米国の国家安全保障局(NSA)と中央情報局(CIA)の元局員である、エドワード・ジョセフ・スノーデンの自伝の最新刊・邦訳「スノーデン 独白 消せない記録」(河出書房新社・山形浩生訳)は改めて我々の世界認識を根底から覆した。

 「スノーデン事件」と呼ばれる一連の彼によるNSAの内部文書の暴露は、世界の主要なメディアの調査報道チームとの連携によってもたらされた。

 「NSA文書を見ても、そこにあらわれた最も深い秘密として実施されている大量監視の世界的なシステムについての話が理解されにくいのはわかっていた――あまりにもよじれて専門的な話なので、それを一気に『文書ダンプ(dump・投げ出すこと)』として提示するのは無理だ。ジャーナリストの辛抱強く慎重な活動を通じて提示されなければならず、しかも思いつく最高のシナリオでは、それは複数の独立マスコミ組織の支援で実施されなければならなかった」

 スノーデンとジャーナリストとの共闘の第一弾は二〇一三年六月、英国のガーディアンが放った特ダネである。NSAは毎日、米国の電話会社の通話記録を数百万件収集しているほか、巨大IT企業が個人情報の収集に協力していた。

 「その文書の解釈を手伝う以上のことさえ必要があるかもしれない。彼らのパートナーとなって、正確かつ安全に報道を助ける技術訓練とツールも提供しなければならない」

 ジャーナリストとのメールのやり取りにおける鉄壁な暗号化であり、持ち出した文書を保存した記録媒体について二重三重の暗号化をほどこして、捜査当局の手に落ちても解読できないようにすることなどである。

 日本のメディアのなかで、スノーデンはNHKを選んだ。「クローズアップ現代+」は一七年四月、ネット上の電子メールや通話記録を個人別に検索できる「XKEYSCORE(エックスキーソコア」をNSAが、日本政府に提供したことをスクープした。

 「国の自由は、その市民の権利尊重によってしか計測できず、こうした権利は実は国の権力に対する制限であり、政府がずばりいつ、どこで個々人の自由の領域を侵犯してはいけないかの定義だと僕は確信している。これはアメリカ独立革命では『自由』と呼ばれ、インターネット革命では『プライバシー』と呼ばれるものだった」

情報漏洩防止の最前線に立っている、広報パーソンにスノーデンの自伝を勧めたい。捜査当局に手の内を探られるのを避けているが、「監視社会」を生き抜く方法は学べる。

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政治経済情報誌「ELNEOS」1月号寄稿

 二〇一九年一二月初旬に閉幕した、臨時国会の終盤は、安倍晋三首相主催の「桜を見る会」に、野党は攻撃の的を絞った。

SNS時代を象徴するように、招待客がネットにアップした「桜を見る会」写真から、「反社会的勢力」(以下、反社)の参加があったのではないか、と野党は二の矢を放った。

ネット上の情報は真偽を問わずに拡散する。出席者として名指しされた、暴力団総長は実名で「週刊新潮」(一二月一二日号)において事実関係を完全に否定する一幕もあった。

野党の追及は止まず、反社の定義に関する二〇一七年の閣議決定を振りかざした。「暴力及び威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人」という定義である。

「政府として改めて『反社』とは何かを定義する必要があるのではないか」という野党の質問主意書に対して、政府は「その時々の社会情勢に応じて変化し得るものであることから、あらかじめ限定的、かつ、統一的に定義するのは困難だ」という答弁書を閣議決定した。

「反社」といえば、暴力団とそれには所属しないが犯罪を繰り返す集団である「半グレ」が想起される。広報パーソンとして直面した事件を振り返るとき、「反社」はさらに幅広い。「桜を見る会」をめぐる野党の論点よりも、閣議の答弁書の見解をとる。

 このシリーズを始めるに際して回顧した、ソフトバンクグループの子会社のインターネット・サービス会員名簿が盗まれた事件で、名簿の一部を印字して数億円の恐喝に及んだのは、巨大宗教集団の地方の幹部であった。事件の筋書きを描いたと推測される人物は、かつて野党の委員長の自宅の電話を盗聴したグループのリーダーだった。

 通信ネットワークの専門家集団は、携帯電話のネットワークの脆弱性を見つけ出しては、その補修に数億円を要求してきた。これを拒否すると、ライバル会社は支払いに応じたことなどを、一部メディアにリークしたと推定される報道もあった。

 メディアの取材攻勢は、事件を起こした反社ではなく、かかわった企業や個人に向かうのである。

 最新刊のベストセラー『教養としてのヤクザ』(小学館)のなかで、ノンフィクションライターの溝口敦氏と、ライターの鈴木智彦氏が、吉本興業の芸人による「闇営業問題」に対談している。

溝口 あの一連の報道を見ていて、おかしいなと思ったのが、『芸人が反社会的勢力からお金をもらうのが問題だ』ってみんな言うけど、芸人のことばっかり騒いでいて、反社会的勢力の側に突っ込んだ記事が全然なかったことですよ。特殊詐欺グループのリーダーの小林宏行という名前すら、ほとんど出てこない……

 鈴木 特殊詐欺でぼろ儲けしている犯罪集団が、有名芸能人を呼んで派手に忘年会をやっているんです。闇営業よりこっちのほうがよっぽど大きな問題だと思いますよね」

 この新書は、流行しているタピオカドリンクにヤクザのフロント企業が進出していることや、原子力発電所の工事にヤクザの下請け企業が加わっていることなど、反社を考えるうえで時宜を得た出版である。

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政治経済情報誌「ELNEOS」12 月号寄稿

 日本人の思想、信条、行動について、独自の論考続けた、故山本七平氏の過去の論文をまとめた新刊『新聞の運命』(二〇一九年、さくら舎)がある。新聞に切り込んだ視点はいまも新しい。

新聞が本質的に抱えている「正義」について、次のように説いている。

「仮借なき正義の言葉を吐けるのは、実は、自分がその相手を憎んでいるときなのだ」

「憎悪という衝撃力で正義を投げつけたとて、人はそれに驚くだけで、その正義に動かされることはない。そして動かされないことを知ると、人間はまことに幼稚なレトリックしか考えない。すなわち、これでもかと活字を大きくし、これでもかと衝撃的・刺激的な大げさな見出しを考え……だがそれをすればするほど読者は離れ、しまいには『またか』とうんざりして来る」

こうした新聞の正義と憎悪と一線を画した新聞人として、朝日新聞のコラム「天声人語」を一九七〇年代前半に担当しながら四六歳で亡くなった、深代惇郎氏をあげる。ロッキード事件によって首相を退陣した、田中角栄氏について書いたコラムを引いている。

「フォード大統領の滞在中は『政治休戦』のはずだったが、田中内閣はその五日間さえやっと持ちこたえたいう感じである。首相の辞任決定に、何はどもあれホッとした。

 『あの土地は何坪で、坪当たり何千円でございます』『ユウレイ会社といっても違法ではございません』といった総理答弁をこれから毎日聞かされるのは、正直いってやりきれない思いだった」

 山本氏はこう述べる。

 「深代さんはここで『正義の代行人』として田中前首相を糾弾しているわけではない。だがこれを読むと、『やりきれない』『ありゃもうたくさんだ』『彼が辞めてホッとした』という気が、誰でも、それを読むたびに甦ってくる。そしてこの甦ってくる言葉だけが、その言葉が発せられたときにも、人びとを動かし得るのである」

 新聞の正義と憎悪の前面に立っている、広報パーソンにとって、山山本氏の言葉は心にしみる。広報部門の経験者として、メディアのなかに、深代惇郎氏ほどとはいわないが、正義と憎悪から遠い視点をもったジャーナリストがひとりでもいれば、企業の危機は乗り越えられると考えていた。

 ソフトバンクグループが一一月初旬に発表した、二〇二〇年第二半期の決算発表会において、会長兼社長の孫正義氏は、プレゼンテーションのはじめに、荒海に最近の同社の経営危機に関する新聞記事の見出しを並べた。

 「今回の決算はぼろぼろ。真っ赤っかの大赤字。三カ月でここまで赤字を出したのは創業以来初めてだと思う」と、語りだした。新聞の指摘する点について具体的な数字をあげて反論する形となった。株価は翌日こそ下がったが、その後持ち直した。正義と憎悪から距離を置くジャーナリストは、言葉によって読者の心を打つ。彼らを動かすトップもまた、言葉の力を信じなければならない。

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政治経済情報誌「ELNEOS」11月号寄稿

■AIの進展やグローバリズムによる所得格差の拡大は一気に進んでいる。少子高齢化は進み、年金制度にも不安は尽きない。そんな不安を解消できる仕組みの見直しが進む――

社会保障制度の再構築を目指す

 北欧のフィンランドは、女性共同参画社会や教育制度などの先進国としてこれまで世界の耳目を集めてきた。そのフィンランドで今、世界で初めて国全体を対象にしたベイシック・インカム(BI・無条件給付の基本所得)の実験成果とその行方がいま、脚光を浴びている。米国の大統領選挙の候補者選びに影響を与え、EUからの離脱に揺れる英国では、下院総選挙の結果を左右しかねない。

 その実験とは、ベイシック・インカム(BI・無条件給付の基本所得)。収入が途絶えたときの生活保障の基礎分にあたる。基礎年金や雇用保険、生活保護の大部分が、このBIに置き換わる。

 給付については、行政の審査が伴わない。無条件かつ個人を対象とする。つまり、ある国の市民となれば、生まれた瞬間から受給資格がある。生活保護や雇用保険の支給をめぐって、行政の可否が人命にもかかわる「悲劇」を回避できる。

 フィンランドの国全体を対象としたBIの実験は二〇一七年一月から一九年一二月までの二年間にわたって、失業者二〇〇〇人に対して、月額五〇〇ユーロ(約六万五〇〇〇円)を支給した。フィンランド社会保険庁(Kela)は二〇二〇年に実験の最終報告書を出す予定である。それに先立って、一九年二月に発表した中間報告が、世界的な議論を巻き起こしている。

 グローバリズムの進展による格差の拡大と、少子高齢化による年金制度の継続性の問題は、ひとり日本が直面している課題ではない。先進国が直面している大きな問題である。

 社会保障制度の再構築を目指す、BIがその解となるかどうか。各国の政策当局者や社会保障、社会学などの研究者がフィンランドの実験の中間報告に注目する由縁である。

 Kelaは中間報告の冒頭のまとめのなかで、次のように述べている。

 「ベイシック・インカムの実験は、最初の一年間で必ずしも支給者グループの雇用のレベルを上げなかった。しかしながら、支給者グループの自身に対する健康感は、実験の最終時点において、過去の状態を上回ったばかりではなく、対照グループよりもよかった」

 さらに、この結果はBIの実験の最終的な結論を生むものではないことを留保している。

 中間報告はBIが「雇用」と、健康感という「幸福度」に与える影響に注目している。ここで、報告書の詳細をみていく前に、改めてBIの定義とその実現によってなされる社会について、同志社大学経済学部教授の山森亮さんの著作『ベイシック・インカム入門』(光文社新書・2017年)によって整理してみよう。

 BIの定義は次の六点である。

  • 現物(サービスやクーポン)ではなく金銭で給付される。
  • 定期的に支払われる。
  • 国家または地方政府などによってh支払われる。
  • 世帯や世帯主ではなく、個人に支払われる。
  • 資力調査なしに支払われる。一連の行政管理やそれにかかる費用、労働へのインセンティブを阻害する要因がなくなる。
  • 稼働能力の調査なしに支払われる。雇用の柔軟性や個人の選択を最大化し、また社会的に有益でありながら低賃金の仕事に人々がつくインセンティブを高める。

 BIが普及した社会は次のような理想が実現する。少なくとも貧困を避けるために必要な所得を国民全員に保障する社会は、男女を平等に扱う。家事や子育てなど市場経済がしばしば無視する仕事に報いる。一定の報酬が保証されることから、さらなる教育や職業訓練を促進する。その結果として、技術革新やグローバル社会の変化に対応できる。

 Kelaの中間報告が「雇用」と「幸福感」に焦点を当てている理由である。ふ

「福祉の罠」説はほぼ否定された

 BIの支給グループの就業意欲についてまず、みていこう。二〇一七年の年間に働いた日数は、支給グループが比較対照グループとの差はわずか〇・三日。一方、同じ年間の労働による収入は、支給グループが四千二三〇ユーロ。対照グループが二一ユーロ多い四千五一ユーロだった。

 BIに対する批判のなかで、支給によって就労意欲が衰える「福祉の罠」に陥るのではないか、という指摘は中間報告によってほぼ否定されたといえそうである。ただ、BIによって、生活の不安が拭い去られるので、新たな就労意識が高まる、といえる水準ではないともいえる。

 健康感とストレスの視点から、BIの効果をみていこう。人として生きる「幸福感」にかかわる。まず、健康感おいて、「非常によい」と「よい」を加えた割合を、支給グループと対照グループを比較する。前者は

五六%で後者は四六%。支給グループは健康感が高いことがうかがえる。「非常に悪い」と「悪い」の合計を比較しても、支給グループの四〇%に対して、対照グループは四九%である。

 ストレスはどうか。「ストレスがない」と「ほとんどない」の割合を合計すると、支給グループが五五%、対照グループは四六%だった。「非常にある」と「ややある」の合計は、支給グループが四五%、対照グループは四五%だった。総合的にみると、支給グループのほうが、ストレスの度合いが低いということがいえる。

 Kelaによると、中間報告書に盛り込んだ以外に、面接調査なども含んでいて、それは今春まで継続された。この結果も入れて、二〇年までには最終報告書が出版される予定である。

 「ベイシック・インカムの実験は、たぐいまれな社会実験である。それは、国内規模でボランティアを募る方式ではなくランダムに対象を選び、国内的にも国際的にも意義がある」と、Kelaは中間報告を位置付けている。

 こうした社会実験を試みた、フィンランドの経済、社会情勢を顧みたい。そこには、先進国の国内で進行する格差と、社会保障を揺るがす財政赤字の問題が浮かびあがる。

フィンランドは、先進国の先頭を切って、社会実験をしなければならなかった。さらにいえば、日本の社会保障制度の現状を改革する先例になる可能性もあるといえるだろう。

格差と財政悪化が政府の背中を押した

 フィンランドは一九九五年にEUに加盟し、九九年にユーロを導入した。北欧諸国のなかでは、EUに加盟しながらも、ユーロを導入していないスウェーデンとデンマーク、EUに非加盟のノールウェーとアイスランドとは一線を画している。EU圏のなかで、八〇年代には携帯電話のノキアなどの工業と農林水産業のバランスがとれた「EUの優等生」だった。ノキアがスマーフォン市場で苦戦を強いられことなどから、九〇年代後半からはぐロバリズムの波にも洗われて「欧州の病人」とまで呼ばれるようになった。高齢化が財政の悪化に追い打ちをかける。

 フィンランドの政府純債務の対GDP(国内総生産)比は、二〇一四年からEU基準の六〇%を超えた水準で推移している。

 高齢化率(人口に占める六五歳以上の比率)は二〇一八年に日本がトップの二七・四%。フィンランドは、イタリヤ、ポルトガル、ドイツイ次いで五位の二一・六%である。

 格差を表すジニ係数(1に近いほど格差が大きい)は二〇一六年に、南アフリカの〇・六二を首位に中国の〇・五一、インドの〇・五〇が続く。日本は〇・三四の一八位で、スペインとギリシャの中間に位置する。フィンランドは〇・二六の三八位で主要国のなかでは格差が低い水準にある。しかし、北欧諸国のなかでは、三九位のアイスランドを除けば、スウェーデン、デンマーク、ノールウェーは僅差ながら、フィンランドよりも格差の水準が低い。

 フィンランドのBIの社会実験は、社会保障制度の理想を追うと同時に、グローバル時代の格差と政府の財政が悪化する要因が背中を押しているといえるだろう。

フィンランドは、ロシア帝国領フィンランド大公国時代の一九〇二年に、世界で初めて女性に対する被選挙権を認めた。九〇年代から本格的に取り組んだ教育改革の結果、経済協力開発機構(OECD)の学習到達度に関する国際調査(PISA)で、対象の一五歳の学力が、読解力や数学的リテラシー、科学リテラシーの分野で高い水準を示している。

ロシアとドイツの強国にはさまれる地政学的な位置にあって、創意工夫をしながら民族としての存在を保ってきた。第二次世界大戦では枢軸国側に立って戦ったが、最後まで激戦を繰り広げ、唯一領土を奪われなかった。

同志社大学経済学部教授の山森さんの前述の著作によると、BIはフィンランドのオリジナルというわけではない。二〇世紀のイギリスを代表する哲学者である、バートランド・ラッセルが『自由への道』(一九一六年)で世に説いている。さらには、七〇年代のイタリヤのフェミニズム運動において、「家事労働にも賃金を!」というスローガンもBIに通じていると、山森さんは述べている。

ザッカーバーグ氏も同様のアイデアを持つ

フィンランドの社会実験を世界はどうみたか。政治、経済などのリーダーが連携して世界的な課題に取り組んでいる「世界経済フォーラム」は、中間報告の発表後まもなくシニアライターの「フィンランドのベイシック・インカムの結果はでた。それは十分な働きができているのか」と題する論文を掲載した。

そのなかで、著名な金融家やフェイスブックのCEOであるマーク・ザッカーバーグが同様のアイデアを持っている、としている。「(BIの)批判派は、コストがかかり過ぎるのと、実践的ではなく、人々に仕事を探す意欲を減退させるだろう」と述べた。

英BBCもやはり中間報告後に、「フィンランドのベイシック・インカムのトライアルは人々をより幸福にはしたが、失業はそのままだった」と題して報道した。「(BIの)支持者は非伝統的なセーフティ・ネットが人々を貧困から助け出すと信じている。それは、人々に仕事や必要な新しいスキルを学ぶ時間を与えるのである。ロボットが人々の仕事を奪うオードメーションの時代にますます重要性が増していくと考えている」としている。

人工知能の時代を間近に知っている、起業にBIの理解者が多いのはうなずける。

二〇二〇年の米国大統領選に向けて、共和党と民主党のなかで進んでいる候補者選びのなかで、ダークホースといわれているのが、台湾系アメリカ人の起業家のアンドリュー・ヤングである。「フリーダム配当金」と名付けた、彼のBIは、アメリカの一八歳から六四歳までの全国民に月額一〇〇〇ドル(約一一万円)を支給するというものである。財源についても、新たな税の導入や福祉目的のファンドの創設など、段階を踏んだ具体的な提案を行っている。トランプを大統領の地位に押し上げた、低所得の白人の支持をうまくつかむことができれば、再選を狙うトランプの前に大きく立ちふさがる、という見方もでている。

世界的潮流にも日本では政府任せ?

英国のEUからの離脱の状況いかんでは、一二月に下院の総選挙がある。労働党党首のジェリミー・コービンは九月末に社会保障制度改革について重要な演説を行った。保守党によって一三年に導入された、低所得者向けの給付制度の「ユニバーサル・クレジット」を廃止する、というのである。この制度は複雑で官僚的とされる。

この制度に代替するものについて、労働党はいまのところ言及していないが、BIが有力であるとみられている。労働党の影の内閣の閣僚のひとりは、BIの熱心な支持者であり、広範な社会実験も提唱してきた。労働党が掲げる社会保障制度の改革の三大方針は、「尊厳」と「ユニバーサル」、「貧困の終了」である。

日本政府は九月二〇日、安倍晋三首相を議長とする「全世代型社会保障検討会」を発足させた。二二年以降に、「団塊の世代」が七五歳の後期高齢者になって、日本の少子高齢化は社会保障の制度設計の変更を迫られる。医療や介護の負担増が焦点になると思われる。年金制度の継続性の問題も大きい。

人口知能革命の波はすでに、日本列島に打ち寄せている。メガバンクの大リストラ計画や希望退職の募集の増加は、緩やかな景気回復のなかでもとどまるところを知らない。

世界的な潮流となっている、BIの論議は、日本のなかで政府任せでは高まりようがない。前回の総選挙で旧・希望の党がいったん公約に掲げようとしたが、尻切れトンボに終わっている。野党が政府・与党に対して、総合的な社会保障制度の改革案を示すべきである。しかし、それは百年河清を俟つことなのだろうか。

(了)

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