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コラム

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政治経済情報誌「ELNEOS」7月号寄稿

 日本のウォールストリート・兜町は、情報網が網の目のように張り巡らされた迷宮である。相場に関する情報なら、針が落ちた音でも聞き分ける。

 わたしが「兜記者」だった時代は、細川護熙内閣が誕生する直前のことである。小沢一郎氏による自民党の分裂を背景として、政権交代の足音が迫ってきていた。来るべき総選挙に備えて、自民党は政治資金の提供を兜町にも求めてきた。

 大手証券のある首脳との一対一の雑談のなかで、そのことを知ったわたしは、電話で資金の融通を申し出てきた自民党の首脳の名前とともに、朝刊の一面で特ダネとして事実を報じた。

 記者の情報源の秘匿は、いうまでもなく破ってはならないメディアの根幹である。「秘密」の共有はふたりに限る。上司や同僚にも明かしてはならない。当然ながら、彼らもその主体を聞いてはこない。

 兜町の情報網の恐ろしさを知ったのは、大手証券の首脳と一対一の取材であったにもかかわらす、報道の当日には他の証券会社の経営部門に近い幹部は、情報源のみならず、取材のおおよその日時まで知っていたことである。

 兜町の情報収集の担当者の力量は、会社よりも、その人が日ごろ築き上げている、霞ヶ関の官庁街や日本銀行などの人脈にかかっている。とはいえ、その総合力において、野村證券の地位が筆頭格であることはいうまでもない。

 その野村證券が情報網の陥穽に落ちた。東京証券取引所が第一部の活性化に向けて、企業の絞り込みについて諮問していた「市場構造の在り方等に関する懇談会」(座長・神田秀樹学習院大学大学院教授)のメンバーである野村総研のフェローが、本体の野村證券のリサーチ部門に対して需要な事項を漏らしたのである。

 東証一部改革の要点は、一定以上の基準の企業について新たな特別の枠に入れて、それ以外は一部にとどめくというものである。この基準が焦点になっていた。時価総額によって判断されるとみられていた。それが二五〇億円になるのか、五〇〇億円になるのか。TОPIXに組み入れられるかどうか、といった思惑を呼んでいた。

 「懇談会」のメンバーである、野村総研のフェローは三月五日、野村證券のリサーチ部門に「二五〇億円」の可能性が論議のなかで高まっていることを告げた。さらに同日と翌日にかけて、リサーチ部門は日本株営業の社員らに情報を伝えた。

 東京市場が始まる直前に本支店で営業担当者を交えて「朝会」が開かれる。「二五〇億円」の情報は、さほど大きなものとしては捉えられなかった。東証一部改革の全貌が決まったわけではなかったし、上場株式指数にどのように反映されるかもわからなかった。その意味では「小ネタ」扱いだった。

 野村證券の取締役会が、情報漏えいを認識したのは、一部報道機関によって報じられた直後の三月二九日だった。

 野村證券の広報部門がことの重大性に気づくチャンスはあった。この取締役会に先立つ三月一六日付の日本経済新聞が一面トップで、「二五〇億円」ラインを報じた。朝会における「小ネタ」ではなく、重大な情報であること「がわかる。金融庁から業務改善命令を受けた。政府が保有する日本郵政株の第三次売却について主幹事を落選した。「小ネタ」の代償は大きかった。

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不正と倫理

2019年6月1日

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政治経済情報誌「ELNEOS」6月号寄稿

 企業ばかりではなく、大学やスポーツ団体などでも不祥事が起きている。上場企業に対する内部統制の規制の強化や、企業不正の検査の専門家の養成を目指す、国際的な組織である「公認不正検査士協会(ACFE)」の日本支部もある。公認不正検査士の資格試験を実施している。

 不祥事が起きてから、さまざまな組織が立ち上げる、第三者委員会の報告書については、弁護士の久保利英明氏が委員長になって「第三者委員会報告書格付け委員会」も二〇一四年から活動している。報告書自体については、日本弁護士会が二〇一〇年にガイドラインを示している。

 それでも、組織の不正はなくならない。かえって増えているのではないか。では、それは何故なのであろうか。あまりにも素朴な疑問に読者の微苦笑を誘うのを承知で議論を進めたい。

「不正は決してなくならない…『不正は起きる者である』」という、帯を巻いた「鼎談 不正¦最前線」(同文舘出版・二〇一九年二月)は、不正問題や内部統制、不正に関する教育・人材育成など、多角的に三人の専門家が語り合った。

 日本公認不正検査士協会の評議員会会長の八田進二氏、理事長の藤沼亜起氏、日本監査研究学会会長の堀江正之氏である。

 先の筆者の疑問を解く手がかりが、この鼎談のなかで八田氏が紹介している、ОECDが十年前に行った日本の監査制度の検証のなかにあるように思う。検証の目的は、日本の公認会計士の育成方法にあった。

 八田氏が驚いたのは、検証の多岐にわたる議論のなかで、ОECDが「倫理教育はどうなっていますか?」と尋ねてきたことである。同氏は振り返る。

「『今の日本には、倫理を直接に扱った科目はありません』と答えると、『ないのはおかしい』と言うわけです。それで苦しまぎれに『あえて言えば、監査論の試験のなかでふれられているくらいです』と言いました。ところが、途上国の場合でも、監督論の領域の試験だと思いますが、そのなかの2割くらいは倫理関係の内容が占めるそうです」

「関係者のなかには、日本の公認会計士は極めて優秀で、試験の合格率も数パーセントであり、アジアの会計士とは品質が違うと発言した人がいました。そうしたら、倫理教育をやっていなくて、どうして質が高いと言えるのですかと問われ、一同、言葉に詰まりました」

 企業や組織の会計的な不正を糺す公認会計士の資質に「倫理」が欠けていては不正の真相に迫れない。法曹資格である弁護士もまた、そうである。顧客である企業や組織に対して、経理にかかわる法規ばかりに準拠していては、社会が納得する第三者委員会の報告書も十分なものにはならない。

 IT企業の広報部門で働いていたときに、ある傘下の企業の正当な売却にあたって、この売却を阻止しようとした企業のなかに、コンプライアンスの専門家として知られる弁護士が加わっていた。「顧問弁護士」の名のもとに、「倫理」に欠ける仕事ぶりには驚かされた。企業の不正のカゲには、倫理なき専門家がいる。

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経営者の矜持

2019年5月1日

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 日産自動車の前会長のカルロス・ゴーン被告は、四月上旬に会社法違反(特別背任)容疑で四回目の逮捕となった。予告されていた記者会見はビデオメッセージに。

 「かけられているすべての嫌疑について、私は無罪である。私は常に無実である。……いま起きていることは、陰謀、策略、中傷である」

 刑事手続きは推定無罪の原則が貫かれている。ゴーン容疑者の「無罪」の主張は当然のことである。

 ゴーン容疑者の容疑ついては、裁判を待たなければならないのは理解しながらも、日本人が抱く違和感には、トップとしての信認はすでに失われているのではないか、という思いがあるのではないか。

 日本の戦争責任を戦勝国が追及した、極東国際軍事裁判において、弁護側が被告たちに無罪を主張するように促したのに対して、敗戦に至った責任を痛感している被告たちの中には納得できない人々が多かったことは知られている。

小林正樹監督のドキュメンタリー・フィルム「東京裁判」(一九八三年)のなかで、罪状認否にあたって、自らの責任について述べようとして、ウィリアム・ウェブ裁判長が遮って、有罪か無罪かを厳しく問うシーンは象徴的である。

日本の「第二の敗戦」と呼ばれるバブル経済崩壊から二十年を経て、破綻した金融機関や金融当局の政策などについて、出版が相次いでいる。

最新刊の「最後の頭取」(河谷禎昌著・ダイヤモンド社)は、あまたの「バブル崩壊本」のなかで最も優れた著作である。「後知恵」によって、当時を断罪するバブル本とは異なって、破綻した北海道拓殖銀行(拓銀)の最後の頭取だった、河谷氏が当事者として自らを冷静にみつめながら、刻々と迫る崩壊に向けたさまざまな動きを告白しているからである。

北海道を拠点とした都市銀行だった拓銀は、東京にも拠点を構えて、土地融資や関連会社への融資に拍車をかけて不良債権を膨らませた。河谷氏はこうした融資に直接的にかかわったわけではなかった。負傷債権の処理に窮した経営陣は、河谷氏に「後始末」を託すしか道はなかったのである。

拓銀の一三代目の頭取である河谷氏は、九四年六月から九七年一一月の経営破綻まで務めた。破綻後に会社法違反(特別背任罪)で起訴され、一審の札幌地裁では無罪を獲得したが、二審の札幌高裁で逆転有罪、最高裁で刑が確定して、二〇〇九年一二月から一年七カ月服役した。

金融機関の破綻をめぐって刑事責任を追及されて、服役したトップは河谷氏だけである。逮捕時点の年齢が六四歳、服役したのは七四歳。

弁護士は、高齢や病気を理由にした「刑の執行停止」の申請を勧めたが、河谷氏は「私は『最後の頭取』として、刑に服する意思を固めていました」と振り返る。検察の取り調べに対して「破綻罪というものがあれば、私はその罪に当たる」と述べたという。

逮捕から裁判闘争まで河谷氏を支えたのは、元拓銀ОBとОGたちのカンパだった。経営トップの矜持を世論に訴えられなかった当時の拓銀の広報部門を惜しむ。

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政治経済情報誌・ELNEOS 2月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

 東京医科大学が、合格点をクリアした女子受験者や多年の浪人受験生を不合格にした問題などについて第三者委員会の最終報告書をホームページに掲載したのは二〇一八年十二月二八日のことである。平成最後の歳末の押し詰まった時期。過去の経緯から考えて、当然開かれるべき記者会見もなかった。

 文部科学省の私立大学支援事業をめぐる汚職事件で前理事長と前学長が贈賄罪で在宅起訴されたのは一一月のことである。ふたりは収賄罪で起訴された前文科省の局長に対して、補助金の見返りとして、東京医大を受験した局長の息子が合格点に達していなかったにもかかわらず合格にした、という容疑である。贈収賄事件は七月に発覚、翌月には入試の不透明さが浮上した。

 株式上場企業に課される「適時開示」の原則は、企業が決定や不祥事を認識した「適時」に「適切」な開示を求めている。

 この原則は、会社法や証券取引所の規則の側面から説明されることが多い。しかし、企業の広報パーソンが熟知しているように、「適時開示」の範囲はメディアとの攻防のなかで拡大してきたのである。

例えば、決算の記者会見におけるリリースの中身はかつて、売上高と営業利益、計上利益、税引き後利益、そして来期の予測に加えて、簡単なバランスシートが付されているだけだった。最近の決算リリースは、最終的に株主総会に提出される有価証券報告書に近い多数の情報が盛り込まれている。

 「メディアは権力をチェックする役割を担う第四の権力である」と、政治部や社会部のように息みかえらなくとも、経済部あるいは金融部の記者たちたちは企業とともに企業の情報開示の原則を積み重ねてきたのである。

 東京医大の最終報告書の情報開示のありようはどうか。「適時」ではなかったことは明らかである。「適切」であったかどうかは、報告書の中身を見ていく過程で論外であることがわかる。

 そのまえにまず、日本弁護士会連合会が二〇一〇年七月(同年一二月改定)に策定した「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」について触れたい。策定にあたっては「企業等」に、官公庁や地方自治体、独立行政法人、大学、病院などが含まれるとしている。

 東京医大の最終報告書も、このガイドラインに沿ってまとめられた。ガイドラインは、第三者委員会の不祥事に対する調査や認定、評価などの「活動」と、「独立性と中立性」、委員となる弁護士はその事業に関する法令の素養があり、内部統制、コンプライアンスなどに精通した人でなければならないことなどを示している。

 このガイドラインも改定の時期にきているのではないか。「適時開示」の原則が盛り込まれていないのである。第三者委員会から報告書を受け取った上場企業は、適時開示する義務を負う。ガイドラインが想定しているさまざまな組織もまた適時かつ適切な情報開示をすべきなのは論を待たない。

 東京医大の最終報告書が適切性も欠いているのは、試験問題が漏えいした疑惑も浮上してことを取り上げながら、詳細な調査を怠っていることである。さらに、医学科のみならず、看護学科でも医学科同様の入試不正があったことに確信を持ちながら、その実態の解明に至っていない。

        (了)

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政治経済情報誌・ELNEOS 1月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

 中国のアリババグループの創業者である、ジャック・マー会長は、いわゆる米中貿易戦争について「米中が覇権争いをしていることから両国の貿易摩擦はトランプ大統領の任期が終わっても残り、二〇年間にわたって続く可能性があると指摘」と報じられた(ブルンバーグ・二〇一八年九月一八日)。杭州で開いた投資家向けの会合で語った。

 マー会長の発言は、日本の新聞などでも小さく報じられた。企業の広報部門は、この記事を経営層に届けるクリッピングに入れたであろうか。戦前の大本営作戦参謀にして、戦後は伊藤忠商事の会長などを歴任した、瀬島龍三氏は新聞の外報面のベタ記事に注意を払ったという。

 日本のメディアは。一九八〇年代の日米貿易摩擦の記憶から「米中貿易戦争」の見出しで米中関係を報じてきた。世界的には、「新冷戦」との認識がふかまっている。マー会長が米中の覇権争いである、という認識は正しい。

 ニクソン米大統領を辞任に追い込んだ、ワシントン・ポストのボブ・ウッドワード記者による最新刊の「FEAR 恐怖の男 トランプ政権の真実」(日本経済出版社)は、政権内のトランプ一族の大統領上級顧問である、娘婿のクシュナーと娘で大統領補佐官のイバンカのふたりが、他の閣僚や重要な人物との軋轢を余すことなく描いて、世界最大の大国の政策決定の危うさを知ることができる。

 さらに、「アメリカ・ファースト政策」を掲げて、トランプが進めるNAFTAの再交渉やTPPからの離脱、中国製品に対する課税強化など、経済政策に関する政権内の議論も描かれている。

 国家経済会議(NEC)委員長のゲーリー・コーン(一七年一月~一八年四月)が自由貿易の優位性を説くのに対して、トランプが「グローバリスト」となじる場面は白眉である。筆者のウッドワードは「経済学者の百人のうち九九人がコーンに賛同するだろう」と述べている。しかし、対中貿易政策についてトランプの側につく、百人にひとりの発言権が高まっている。

 その人物は、国家通商会議(NTC)委員長のピータ・ナバロ。政権入りする前職のカリフォニア大学アーバイン教授時代に「米中もし戦わば 戦争の地政学」(文藝春秋社)を著した。中国が経済発展にともなって、軍事的にも米国の脅威になる、と警鐘を鳴らしてきた。政権の対中強硬派の中核となっている。

 米中・新冷戦の認識に光を当てるのが、マイケル・ピルズベリーの最新刊「China 2049 秘密裏に遂行される『世界覇権100年計画』」(日経BP社)である。ピルズベリーは国務省顧問。ニクソンからオバマに至る政権で対中防衛対策を担当した。

 諜報とその分析のプロである、ピルズベリーが、共産党が政権を握った1949以来、中国が長期的に世界の覇権を狙っていたことを認識したのは、最近のことだと、悔やんでいる。米国は中国が経済発展すれば、民主主義国家に移行するだろうという予想から、軍事分野も含めて技術援助を惜しまなかったという。「もし中国政府が現在の優先事項を堅持し、同じ戦略を続け、毛沢東が政権をとって以来、大切にしてきた価値観に固執するのであれば、中国が形成する世界は、わたしたちが今知っている世界とは大いに異なるものになる」と警告する。

        (この項了)

 

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