草原の椅子
2013年2月23日(土)全国ロードショー
監督 成島出
原作 宮本輝
配役
遠間憲太郎 佐藤浩市 富樫重蔵 西村雅彦 篠原貴志子 吉瀬美智子
喜田川祐未 小池栄子 鍵山 AKIRA 遠間弥生 黒木華
喜田川圭輔 貞光奏風 喜田川秋春 中村靖日 道代 若村麻由美
富樫茂雄 井川比佐志
カメラメーカーの営業局次長である遠間憲太郎(佐藤浩市)と、取引先のカメラ販売店の社長、富樫重蔵(西村雅彦)は50歳である。
富樫の愛人関係のもつれを、遠間が友人の弁護士を紹介して解決したことから、ふたりは、「トウマ」「トガシ」と呼び合う友人となる。富樫の本社は関西にあり、東京の支店の経営のために単身赴任である。
遠間は医師である道代が他の男性と家を出たために、離婚して、幼い頃から娘の弥生を育ててきた。大学生の弥生が、アルバイト先の百貨店の売り場の主任の喜田川秋春(中村靖日)の息子である、4歳の圭輔の面倒をみるようになったことから、遠間は不条理劇にまきこまれる。
ドラマはヒマラヤ山脈を背景とする、パキスタンの桃源郷といわれるフンザの村を旅する遠間と富樫、圭輔、そして美しい中年女性の篠原貴志子(吉瀬美智子)のシーンから始まる。映画はこの時点でそこがどこなのかはわからない。雪をいただいた高山とアラビア文字のような看板が遠い地を思わせるだけだ。
「これからあなたの新しい人生がみつかりますか」と遠間は貴志子に尋ねると、彼女はうなずくのだった。
場面は展開して、遠間が会社のオフィスの始業時、エレベーターに向かうシーンとなる。そして、ドラマは、冒頭の4人がなぜ旅にでたのかを謎を解き明かすように展開していく。
遠間と貴志子の出会いは、どしゃぶりの雨のなかをタクシーに乗った遠間が、酒屋の店先で雨宿りをしている和服の貴志子の美しさに魅かれるシーンである。駆け出した彼女を追う様にして、焼き物の店に入る。遠間が入ってきたことにきづき、びしょぬれの背広の雨露をぬぐうタオルを差し出す貴志子。焼き物の趣味はないのだが、思わず高価な皿を買ってしまう遠間であった。
中高年の恋愛の瞬間を美しいシーンにおさめて、ドラマは並行するように不条理劇に突き進む。
遠間の娘の弥生が世話をしている圭輔は、家を出て行った母親の喜田川祐未(小池栄子)の虐待と育児放棄によって、言葉の発達が遅れている。
父親の秋春が百貨店を辞めて、トラックの運転手に転職をしたのきっかけに、遠間と弥生は自宅で圭輔の面倒をみるようになる。
そして、ナイトクラブに勤める祐未も、秋春も圭輔の扶養を放棄する。
30歳前後と思われる若い夫婦によって、遠間は翻弄される。
カメラ販売店を経営する富樫は、中国人観光客が大量にカメラを買うことを拒否して、カメラファンを増やそうという経営方針でやってきた、東京からの撤退を考えなければならなくなる。経営を立て直そうと、リストラを宣告した従業員が自殺を図る。
遠間は営業のトップにあと一歩と思われ、取締役も視野に入っている設定であろう。
上司にかなり厳しい営業目標の達成を命じられる。国際会計基準の四半期決算の数字が悪化すると、経営陣の責任になる、というのである。
遠間と富樫、貴志子、そして圭輔の4人がパキスタンのフンザに旅することになったのは、遠間の会社が主催する写真コンテストで入賞して、かつて目をかけていたカメラマンの鍵山(AKIRA)がその地の写真集を出版したのが、きっかけだった。
そこの写しだされたフンザの古老は、ひとの瞳のなかに運命の星を見るという。
4人ともその写真集をなんども繰り返し見るのである。
貴志子がなぜひとり暮らしなのか、そして、遠間の分かれた妻の道代のいまも描かれていく。
主人公たちは50歳前後のポスト団塊の世代である。
遠間がソファに寝そべって、たまたま見ていたテレビのバラエティー番組を評して「この国の若いやつらはどうしてこんなに馬鹿になったんだ」という。
娘は「そんな国の路線を敷いたのはお父さんたちじゃぁないの」と。
世代論は意味がないという人もある。わたしとほぼ同じ年齢の著名人を思い浮かべると、首相の安倍晋三がいて、相撲の北の湖、プロ野球の落合博満、そして共産党委員長の志位和夫……。
それぞれの著名人をみて、共通性を導き出すのはちょっと難しそうである。
しかしながら、ポスト団塊の世代としていえることは、先行する団塊の世代が、東西冷戦という、ある意味では安定していた世界秩序のなかで、高度成長経済の恩恵を受けたと思う。わたしたちの世代は、ソ連による東欧諸国への介入や、中国の4人組をはじめとする権力闘争をみて、団塊の世代が信じた社会主義思想に対する幻想もなく、石油危機によって就職氷河期も経験した。
「三無主義の年代」と青年期にいわれた世代である。無感動、無責任、無思想と。
遠間たちは、わたしよりはまだ若い。社会を牽引していく世代である。
「草原の椅子」は、そうしたポスト団塊の世代たちがいま直面している問題を、東京や富樫の故郷である瀬戸内海を望む町、そしてフンザの美しい風景のなかで、登場人物たちの短いせりふによって、暗示されていく。
離婚であり、それに至るさまざまなドラマであり、子育ての放棄である。大企業の経営の行方が不安定になっているなかで、サラリーマンはどのようにして生きていったらよいのか。家族のありようとは。
監督の成島出は、「八日目の蝉」(2011年)によって、映画賞の数々に輝いた。映像の瞬間、瞬間の美しさとその展開、そして短いせりふによって、重層的にテーマを積み重ねていく。
「草原の椅子」は、社会の中心となるべき50歳前後の世代が、希望を持っていきていけるか、というテーマを浮かび上がらせる。
主要な登場人物である4人の人生の謎が解き明かされて、ラストシーンでフンザに戻り、新しい希望がみえる。佳作である。
(2013年東映配給)