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東京家族

2013年1月19日

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東京家族

2013年1月19日(土)全国ロードショー

 監督 山田洋次

脚本 山田洋次 平松恵美子

音楽  久石譲  撮影 近森眞史  美術  出川三男

照明  渡邊孝一 編集 石井巌   録音  岸田和美

 配役

平山周吉  橋爪功       沼田三平  小林稔侍

平山とみこ 吉行和子      かよ    風吹ジュン

平山幸一  西村雅彦      服部京子  茅島成美

平山文子  夏川結衣      平山実   柴田龍一郎

金井滋子  中嶋朋子      平山勇   丸山夢

金井庫造  林家正蔵      ユキ    荒川ちか

平山昌次  妻夫木聡

間宮紀子  蒼井優

 

 小津安二郎の作品の映像とせりふが、花びらが空中に飛び散るように、小さな花弁となって、それがふたたびひとつの大きな花となる。

 「東京家族」は、小津の「東京物語」に対するオマージュの形式をとりながら、山田洋次のなかでさまざまな小津作品が溶け合って、新しい息吹を与えられた。

  「映画はなんども観られるのだ」といったのは、ヒッチッコックである。暗闇のなかで、一度だけ輝くものではない。

  「東京家族」の試写会は二度、観た。最初は映画会社の小さな試写室ではなく、東京・有楽町の映画劇場であった。

 冒頭で挨拶に立った山田は、劇場で試写会をやるのははじめてかもしれないといった。映画界に入ったときにはすでに、巨匠といわれていた小津の映画はあまり関心しなかった、と山田が得意とする小津との出会いのエピソードが語られる。小津よりは木下恵介であったと。

  山田の話は、晩年の黒澤明におよんで、自宅を訪問したときに、黒澤が「東京物語」を観ていたという。「いい写真だ。こういうのを僕も撮りたい」といったと。

 山田もまた、年をとるにつれて、小津の素晴らしさがわかるようになったという。小津は誕生日と同じ日に60歳でなくなった。

 「80歳のわたしが、60歳の人生だった、小津さんの作品をなんども繰り返してみて、この作品を作りました。小津さんから学んだ作品です」と、山田はその挨拶を結んだ。

  わたしが小津の「東京物語」を観たのは1980年代初め、勤務先の福岡の映画館であった。小津の生誕80年を記念する作品の連続上映会であったろう。わたしは20歳代後半であった。

 ドイツの映画監督であるベンダーズをはじめ、世界の監督が小津の作品に出会ったときに「衝撃を受けた」と語っている。小津作品のDVDシリーズのインタビューである。

 わたしもそうだった。

 「東京物語」「麦秋」「早春」「浮き草」「彼岸花」「秋刀魚の味」……ドラマチックな事件が起きるわけではない。家族の日常が淡々と描かれる。

 有名なローアングル、役者は正面を向いてせりふをいう。カットの多さ。独特の画面構成は瞬間を止めれば、それぞれが美しい絵となる。

  英国映画協会の機関誌である「サイト・アンド・サウンド」は10年ごとに、世界の映画監督の投票によって映画50選を発表している。2012年8月2日に発表された最新のランキングで、「東京物語」は第1位となった。ちなみに2位はキューブリックの「2001年宇宙の旅」、3位ウェルズの「市民ケーン」、4位フェリーニの「8 1/2」、5位スコセッシ「タクシードライバー」である。

  山田の「東京家族」を最初に観たとき、画面につねに赤い色のものが出てくるシーンの構成や、老夫婦が隣り合わせに座った斜めの線が風景を切り取るような絵作り、海の釣りのシーンなど、小津作品の数々の印象的なシーンの集成に目を奪われた。

 せりふもそうである。主人公の元教師の老人である周吉(橋爪功)と同級生が居酒屋で会話するシーンのなかで、友人が女主人に「似てるだろ」と妻の面影を語るシーン。東京にこどもたちを訪ねて、亡くなる周吉の妻のとみこの「ありがと」という言葉。それぞれ、小津組の笠智衆と東山千榮子のせりふを思い出した。

  映画は二度みるべきものである。「東京家族」は小津に対するオマージュであると同時に、まぎれもない山田作品である。

 高度成長経済下の大阪万博に沸く日本列島を、九州の炭鉱町からその廃坑によって、北海道を目指す家族とその時代を「家族」で描いた山田である。「幸せの黄色いハンカチ」もまた、夫婦の物語である。

 寅さんシリーズもまた、列島の風景と下町の実家の周辺に打ち寄せる、その時代を描いている。中小企業の人手不足であったり、不況のなかの苦労であったり、人々の暮らしの変化をみつめている。

  瀬戸内海の島に育って、教員になった周吉と見合い結婚の妻とみこは、長男の医師と長女の美容師を育て上げた。そして、周吉の心配のタネは、舞台芸術の仕事とはいえアルバイトをしながら暮らしている次男である。終身雇用で定職に就く常識から離れられない、周吉には次男の行き方が理解できない。

 とみこは次男の部屋を訪ねて、恋人の紀子に出会い、素直でしっかりとした性格の彼女がそばにいることに安心する。

  「東京物語」の紀子は、周吉夫妻の戦争で亡くなった次男の嫁として登場する。自分のこどもたちに邪険にあしらわれながら、紀子は夫婦と暖かく触れ合う。紀子役は原節子である。

  小津はその台本の冒頭に、「親と子の関係を描きたい」と記している。

 映画雑誌のインタビューにこたえた、自作に対する数少ない解説ともいえる文章は、次のようなものである。

 「親と子の成長を通じて、日本の家族制度がどう崩壊するかを描いてみたんだ。ぼく映画の中ではメロドラマの傾向が一番強い作品です」

  山田の作品群は、物語の展開にちょっとしたユーモアのある映像をはさみ、ラストシーンは必ずといっていいほど、未来に対する希望をいだかせることが多いと思う。

 「東京家族」もそうである。

  「東京物語」がそうであるように、「東京家族」もまた、半世紀以上にわたって観られるようになる作品だと思う。

  (2013年松竹配給)

 

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