つやのよる
2013年1月26日(土)全国ロードショー
監督 行定勲
原作 井上荒野
脚本 伊藤ちひろ 行定勲
音楽 coba
主題歌 「ま、いいや」クレージーケンバンド
配役
松生春二 阿部寛
石田環希 小泉今日子
橋本湊 野波麻帆
橋川サキ子 風吹ジュン
内田百々子 真木よう子
山田麻千子 忽那汐里
芳泉杏子 田畑智子
伊豆大島の高台にある、病院のベッドの脇に置かれた心臓の動きを示す画像装置が、脈拍のヤマとその間隔の一筋の横線を映し出す。そのヤマが消えて1本の線が画面を横切る「死」に向かって、物語が進行することを予感させる。
酸素吸入器のマスクをかけて、目を閉じて横たわっているのが「艶」つまりタイトルの「つや」である。
つやの生命の営みがドラマを貫くひとつの縦糸である。病院を訪ねる夫の松生春二(阿部寛)をうつむきかげんに優しい表情を浮かべて見上げる、看護婦の芳泉杏子と、松生にまとわりつく少年のふたりが、ドラマのなかにとぎれとぎれに現れる。このふたりがもうひとつの縦糸である。
がんの末期で痛み止めのモルヒネを点滴で入れられている、つやは起き上がることも話すことも、酸素呼吸器のマスクによってその表情もうかがえない。
つやと関係があった男たちとその妻や恋人のドラマが、オムニバスのようにふたつの縦糸に折り合わせる横糸のように、物語は展開する。つやは多情な女であり、松生は彼女に誘われて大島にやってきて、レストランとペンションを経営するようになったことがわかる。
死に近いつやのもとに、過去の男たちを呼び寄せようと松生は電話をかけ、彼女のパソコンに残っていたメールに返信する。
資産家を思わせる元の夫の太田(岸谷五朗)は、屋敷の離れに引きこもり状態である。彼のアパートの賃貸を斡旋する不動産屋の従業員の橋本湊(野波麻帆)と関係を持つ。和服姿の太田に向かって、下着を脱ぎ捨ててその美しい後ろ姿を湊はみせる。
少女時代に父が母の山田早千子(大竹しのぶ)のもとを去った、女子大生の山田麻千子(忽那汐里)の物語は、つやと父がふたりで写った写真をみつめる母の気持ちに近づこうと、担当教授に抱かれてみる。
美容師の池田百々子(真木よう子)は、スナックを営む恋人の茅原優(永山絢斗)がつやにストーカー行為をされた過去にとらわれている。優の子どもだという少年を連れて突然、萩原ゆかり(藤本いずみ)が現れる。
ひとつひとつの男女の物語は、アコーディオンの物悲しいメロディーによって画面が転換していく。
モーパッサンの短編を読んでいるようなここちよい気分になる。
つやを少女時代に犯した過去を持つ従兄で作家の石田行彦(羽場裕一)の妻である、環希(小泉今日子)が、夫の文学賞受賞のパーティで、元編集者の伝馬愛子(荻野目慶子)と繰り広げるとっくみあいのけんか。お互いにグラスに入った赤いワインをかけあって。環希の大島の着物の襟から帯びにかけて、ワインが流れてしみる。
つやの謎を解くようにして、ドラマは進むが、結末のつやの通夜のシーンで明らかになるのは、松生の人生である。そして、つやの命の証しである1本の線が途絶えるとき、新しいもう1本の縦糸がつながる。つやを失っても、松生はもうひとつの人生を歩み始める。
エンディングは、行定監督が自らが作詞し、クレイジーケンバンドに歌唱をゆだねた「ま、いいや-MA IIYA」である。
ま、いいや 最近の俺の口癖
ま、いいや おまえ最悪の女だったけど
ま、いいや かわいい女だったから
愛し抜くことができたから
(2013年東映配給)