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政治経済情報誌・ELNEOS 1月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

  東日本大震災による福島第一原子力発電所のメルトダウンがもたらした放射線が、住民の健康にどのような影響を与えたのか、まもなく七年近くが経過しようとしているのに、因果関係の追及は終結していない。

 とくに、事故当時一八歳以下の子どもたちを対象にした甲状腺健診によって、がん及びその疑いの患者が発見されている問題は、臨床医師ばかりではなく住民も含めて議論が続いている。

 企業や公的組織が不祥事を引き起こして、第三者委員会が設置され、その原因について追及する、という図式が一般的になっている。しかし、その因果関係は終わりなく追及しなければあらない場合が多いのではないか。危機管理の正面に立って、社会に対して説明責任を果たさなければならない、広報パーソンがこころしておかなければならない課題である。

 原発事故と健康被害についての問題に戻る。日本学術会議は二〇一七年秋に「東京電力福島第一発電所事故被災者のためのより良い健康管理と医療の提供に向けて」と題した報告書を発表した。このなかで、焦点の甲状腺がんの問題について次のような論点をまとめている。

 二〇一一年一〇月から〇五年四月までの先行検査期間で、受診者三〇万人中がんあるいは疑いのある患者は計一一六人、第二回目で二七万人中七一人、第三回目は一二万人中四人が発見された。甲状腺がんの罹患率は、五~九歳で一〇万人あたり〇・〇六人、一〇~一四歳では〇・三一人、一五~一九歳は一・三六人である。

 福島県の子どもの検診による発見率は、通常の罹患率を大きく上回る。原発事故による放射線との因果関係が問題である。論議は、因果関係があるとする説と、大規模な集団に対する精密な検査によって過剰に患者が見つかっているのであって、放射線の影響とは考えにくい、という説に大きく分かれる。日本学術会議の報告書は、全体として後者に傾いている。

 チェルノブイリ原子力発電所の事故後に、子どもの甲状腺がんが多発したのと比べると、外部線量が低い点をまずあげている。さらに、患部の病理組織学的な分析の結果、小児甲状腺がんに特徴的な変化は少なく、大半は成人型の遺伝子変異の分布パターンに類似していること、すなわちチェルノブイリ事故後にみられた甲状腺がんとはパターンがことなることをあげている。

 このシリーズでは、福島第一原発のメルトダウンから、企業と組織にかかわる危機管理のさまざまな局面を学んできた。放射線と健康被害の問題は、「終わりなき因果関係追究」という新たな教訓を読み取ることができる。

 こうした視点は、やはりジャーナリズムが本来持っているものである。NHKBS1スペシャル「原発事故7年目 甲状腺検査はいま」(二〇一七年一一月二六日)は、日本学術会議の「なお不確定な要因があることを考慮」の先を描きだしている。外部被ばくばかりではなく、飲食や呼吸による内部被ばくを推定しなければならないとする説を紹介するとともに、甲状腺がんの遺伝子の変異についてさらに、定期的な分析が必要だとする学者の意がだされている。チェルノブイリと同じパターンでないとしても、がんの進行のスピードが通常よりも早ために、別のパターンである可能性があるという。 

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NHK総合「ブレイブ 勇敢なる者」硬骨エンジニア

東芝の破綻を救った、フラッシュメモリーの開発者・舛岡富士雄

WEDGE Infinity 田部康喜のTV読本 寄稿    http://wedge.ismedia.jp/category/tv

   巨額の不正経理によって経営危機に陥った、東芝は半導体子会社を分離独立したうえで、増資を図ることで経営の継続を目指している。東芝の破綻を救ったのは、同社の研究部門を率いて「フラッシュメモリー」を開発した、舛岡富士雄・東北大学名誉教授の功績である。

  NHK総合「ブレイブ 勇敢なる者」は、この舛岡を「硬骨エンジニア」(11月23日)として、その研究生活と人生を追った。それは、東芝が世界的な製品を市場に送り出した時代の栄光と、なぜ東芝が凋落したのかを描いたドキュメンタリーだった。

  フラッシュメモリーは、スマートフォンやデジタルカメラ、サーバーの記憶媒体、PASMOのような交通機関で利用できる非接触型のICカードなど、ありとあらゆるデジタル機器に内蔵されている。このメモリーの特徴は、小さく、電源が切れてもデータが壊れず、軽い。

  米国の雑誌フォーブスは、2002年に舛岡をカバー写真に使って「評価されない英雄」のタイトルを掲げた。「日本の半導体事業が、舛岡が描いた方向に行っていたなら違った道を歩んであろう」と、賞賛した。

  新聞記者時代に電機メーカーの取材を担当していたとき、舛岡を取材したのは昇格の名目で「技監」という、部下の研究員も研究費もない役職に追いやられた1993年の直後だったことを、番組で知る。フラッシュメモリーの研究を続けたかった、舛岡は翌年に東北大学教授に転じたのであった。

   経済記者は「技術」に注目するのが重要である。製品やサービスは、直線的に改良されることもあるが、過去の技術が一新される、断続的な瞬間がある。舛岡に取材した当時、デジタルカメラなどの記憶媒体に使わるようになったのに、興味を持った。半導体の主流は、DRAMであったが、フラッシュメモリーの将来性を淡々と語る、舛岡に心うたれた。

  舛岡は、東北大学の電子工学の博士号を取得後、東芝に1971年に入社、研究分野に配属になったが、77年にセールス部門に異動になる。「IBMやインテルに製品を売り込みに行きましたが、いくら性能がよくてもコストが高いので売れませんでした」という。その後、3、4年は工場の製造技術などを担当し、再び研究部門に戻った。「これほど他部門を経験したのはいませんよ」。

  フラッシュメモリーのアイデアを80年に舛岡は発想する。メモリーのセル(単位)を縦にする、というものである。家の建設に例えれば、2階建にする。この結果、1階建よりも面積が半分になり、小型化とコストの低減が図られる。さらに、それまでのメモリーよりも、性能を悪くする。それは、1ビット(単位)ごとにデータ-を上書きするのではなく、いったんある区域のデータを別のところに移して、その部分を消去する。

  舛岡の開発チームが学会で発表したのは、1984年のことである。「こんなものは製品にならない、というのが学会の講評でした。日本から新しい技術が出るとは思っていなかったのでしょう。インテルが(この技術に目をつけて)東芝に来たときには、会社のひとは驚いた」。インテルは、東芝に先立って「フラッシュメモリー事業部」を立ち上げたのである。

  NOR型と名付けた、最初のフラッシュメモリーに舛岡は満足しないで、部下に次の指示を与えた。NAND型と呼ばれるようになる、いまや東芝の利益の半分を稼ぎ出すフラッシュメモリーである。東芝の生き残りのために、半導体子会社を分離できるのは、これによる。

  メモリーのセルを並列化した前者に対して、後者は直列に結んだうえに、データの書き込み能力を各段に下げた。コストが下がるとともに、低いデータ処理の能力でも十分なデジタル製品の製造が可能になる。

  舛岡が追われるようにして、大学にその研究の場を求めたように、フラッシュメモリーの開発チームのメンバーもまた、東芝を離れてSONYやインテルに転職した人々がほとんどである。かつての部下たちは、舛岡のさまざまな面を語っている。

 「研究のテーマを指示するだけで、会議にはでてこなかった。自由に研究をやらせてくれた」

「マネジメントをされているのに、それがわからないように、チーム編成などをうまくやっていた」

「黒子である我々技術者に光をあててくれた」

  舛岡が博士号を取得したのは、東北大学の西澤純一教室である。西澤は、光通信の基礎であるガラスファイバーの理論や、光の三原色のうち、赤と緑の発光ダイオードの開発で知られている。青の開発によって、日本人研究者がノーベル賞を獲得した。

 西澤もまた、永遠のノーベル賞候補者であり、「評価されない英雄」である。80年代末に取材した際の言葉を記録しておきたい。

「私は、世界でも独自の技術を開発しようとしてきた。海外の事例を追試(確かめる)するのは研究ではない。国の研究開発費の審査員となって、いつもそのように研究者にいうので、恨まれていることだろう。ノーベル賞の授賞者の候補を推薦する、覆面の研究者は絶対に私の名前をあげないでしょう」と。

 

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情報共有の失敗

2017年12月4日

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政治経済情報誌・ELNEOS 9月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

 歴史学者の戸部良一氏らによる『失敗の本質』(中公文庫)は、太平洋戦争における日本軍の戦略と組織を分析して、その敗因を探った名著として、組織の危機管理を担当する人々の必読の書とされてきた。

 ただ、現代企業の広報パーソンにとっては、戦争という極限状態にあった軍隊と、自らの企業の組織とを結びつけて理解するためには、熟考のひと段階が必要である。

 福島第一原子力発電所の事故に焦点を当てた、最新刊の『失敗の本質』(講談社現代新書)は、2011年3月11日に起きた事故以来、NHKスペシャル「メルトダウン」シリーズをてがけてきたチームによる力作(以下、NHKの『失敗の本質』)である。

 企業の広報パーソンは、ふたつの『失敗の本質』によって、危機管理について考えるバイブルを得たといえる。

 NHKのチームはまず、先人の著作に対して敬意を表する。

 「日本軍という組織は、実は平時に有効に機能したが、危機、すなわち不確実性が高く、不安定な状況で有効に機能しなかった。それゆえ、危機に直面した日本の現代組織にとっても重要な教訓になりうる、と繰り返し記されている」

 そのうえで、NHKの『失敗の本質』は、原発事故の取材の過程で既視感を感じるのである。

 「あの事故への対応も、巨大地震が起きた直後は、マニュアルに従って、ほぼ有効に機能していた。ところが、巨大津波の到達で全電源喪失という、不確実性が高く、不安定な状態が続く本当の危機を迎えた途端に、リーダーや現場の個人個人が懸命の努力を尽くしても、その集合集団である組織が機能不全に陥り、事故の進展を食い止めるチャンスを失っていく」

「福島第一原発事故の進展のなかで、最大のターニングポイントではなかったか。この問題意識にこだわって、取材班は6年にわたって検証取材を続けてきた」という。

 それは、全電源を失っても原子炉を冷却できる装置をめぐる対応である。「非常用復水器」(Isolation Condenser)略して「イソコン」と呼ばれる。原子炉で発生した高温の水蒸気で駆動し、電気がなくとも動き続けて冷却水タンクを通っても冷やされた水が原子炉に注がれる。少なくとも8時間程度は稼働して、その間に他の方策を探ることができる最後の砦だった。

 イソコンの操作を熟知しているのは、制御室の運転員たちであった。彼らは懸命にイソコンの稼働に取り組んでいたが困難を極めた。全体の指揮を執っていた吉田昌郎所長にその情報は伝わらなかった。東電のキャリアである吉田はそもそも、イソコンという複雑なシステムはわかっていなかった。原子炉の冷却は続いていたと思っていたのである。

「情報共有の失敗」こそ、福島原発事故のメルトダウンの原因である、とNHKの『失敗の本質』は断じる。

 イソコンが稼働していれば、建屋の壁に空いた「ブタの鼻」と呼ばれるふたつの穴から水蒸気が出るはずだった。所員はほのかにあがる蒸気をみた。しかし、本来は轟音をあげてたちのぼるものであり、イソコンは動いていなかった。稼働試験を約40年も行っていなかったので、所員は実は、本当に確認できていなかったのである。

 

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政治経済情報誌・ELNEOS 11月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

 神戸製鋼所が、アルミなどについて発注者の品質を下回る製品を不正に納品していた問題は、その製品が国内のみならずゼネラル・モーターズ(GM)の車体やボーイングの航空機にも使用されていたことが明らかになって、世界に波紋を投じている。

 日本製品の品質に対する不信を招き、神戸製鋼所のみならず、企業経営に深刻な打撃を与えるのは間違いない。 

 日本企業の広報部門において、同社は危機管理や情報公開の面で優れた、企業に与えられる経済広報センターの「企業広報賞」の部門賞を受賞したこともあって一目置かれていた。秘書広報部長が二〇〇四年度の「企業広報功労・奨励賞」を獲得したのである。広報パーソンを輩出している企業とも知られていた。それだけに、企業の広報パーソンにとっては今回の事件は衝撃だった。

 このシリーズでは、最新刊の『大惨事と情報隠蔽』(以下『大惨事』。ドミトリ・チェルノフ、ディディエ・ソネット著=草思社刊)を手掛かりとして、企業が大惨事に見舞われる原因を探ってきた。本書は日本を含む世界の企業の危機をについて、ケーススタディの形で論述を進めている。

 今回の神戸製鋼所による、製品の品質偽装が同社にもたらす大惨事の行方を示すのは、二〇一五年秋に米国環境保護庁(EPA)が摘発した、フォルクスワーゲン(VW)のディーゼルエンジンの排出不正問題だろう。

 VWが環境当局のEPAとの間で総額一四七億ドルの賠償金を支払うことで和解した。この金額は米国が自動車メーカーに課した最高額である。VWは一連の罰金のために、銀行から数十億ドルを借り入れた。さらに、従業員六〇万人のうち三万人をリストラした。

 VWが陥った事態の背景について、『大惨事』は次のような要因をあげる。

■過去に同様の不正事件では少額の罰金を払えばそれですまされた

■“成功ありき”“悪い知らせには耳を貸さない”“やっつけ仕事”の企業文化

■経営や会社全体に対する監査役会の管理が甘かった

■内部統制が弱かった

『大惨事』は次のように経営陣の責任を追及する。

「VW上層部の不正操作への関わりについて、わたしたち著者の意見をここに記す。……『不正を知っていたのは数名のソフトウェア・エンジニア』だけだったというVWの主張は極めて疑わしい。これまでの情報隠蔽の事例を多数検証してきた経験にもとづけば、VW上層部は二〇〇〇年代半ばから不正操作を知っていた可能性が高く、VWの各ブランド車のエンジンに違法なソフトウェアを搭載することを非公式に認めていたと考えられる」

 神戸製鋼所の首脳陣は、記者会見において、不正は十年前からである、と断言していた。

 ところが、本稿執筆中の一〇月中旬に毎日新聞が、元社員らの証言に基づいて不正は四十年以上前から状態化していた事実を報じた。

 受注先の品質を下回る製品を出荷するにあたって「特別採用」略して「トクサイ」という用語が社内で一般的だったというのである。

 企業広報の分野でかつて輝いていた同社の広報部門は、企業の存亡の戦いの正面に立っている。

           (この項了)

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政治経済情報誌・ELNEOS 10月号寄稿 ほまれもなく そしりもなく 「田部康喜」広報マンの攻防」

「一般的に、人生でもっとも成功するのは最良の情報を手にした人間である」

(ベンジャミン・ディズレーリ)

  古今東西の人物の箴言を要所に配しながら、世界的な危機管理の事例について分析した、最新刊の『大惨事と情報隠蔽』(ドミトリ・チェルノフ、ディディエ・ソネット著=橘明美、坂田雪子訳・草思社)は、原発事故から大規模なリコール、金融不祥事まで、隠蔽の共通性について示唆に富む。

 日本の大企業による危機管理が、世界のなかでどのような位置づけにあるのかが、はっきりとわかる。

 筆者のふたりは、チューリッヒ工科大学の「企業家リスク」講座の研究者である。原著は二〇一六年刊。日本語版のために、フォルックスワーゲンによる、ディーゼルエンジンの燃費偽装事件に関する論考が加えられた。

 福島第1原子力発電所のメルトダウンの大惨事がケーススタディとして取り上げられているのはいうまでもない。このほかに、日本企業がかかわった事件として、トヨタの大規模リコールとアクセルペダル問題、ソニーのバッテリー・リコール問題が並んでいる。

 北朝鮮による核、水爆と大陸間弾道弾の実験によって、地政学的危機が高まっている。東芝の半導体部門の売却先は、本稿執筆時点でも決まっておらず、経営実態の隠蔽の行方は混とんとしている。企業や官庁など組織の危機管理の前面に立っている広報パーソンは改めて「大惨事」と「隠蔽」について考えてみるときである。

 「罪もごまかしもたくらみも詐欺も悪も、すべて見えないところでひっそり生きているものだ」

 (ジョセフ・ピューリッツァー)

  ドミトリ・ チェルノフとディディエ・ソネットは情報隠蔽・歪曲の原因を分析する。ふたりは五点に絞りこむ。

  • 1 外部環境はどのように情報隠蔽を誘発するのか
  • 2 組織の目的・戦略・管理方法は情報隠蔽にどのようにかかわるのか
  • 3 危機の伝達経路の不足
  • 4 リスク評価と危機知識の管理
  • 5 管理職と従業員の個人特性

 外部環境のなかでは「政治・ビジネスの近視眼的傾向」をあげる。

 世界的な技術革新の流れはすさまじく、発電所や重工業、通信インフラなどの複雑なシステムは、初期計画段階の技術が中期、長期的にその技術が陳腐化していることが多い。

 また、グローバル化によって、投資機会が増えた投資家を引き留める競争が激化している。この競争に勝ち抜くためには、短期的な利益を確定するために限界的な領域に踏み込む。

 民主制のマイナス面である、政治家が次の選挙に勝ち抜くために短期の成果を上げる経済政策をとる。

 さらに、「国家安全保障」が外部環境として企業を隠蔽に追い込む。

 ある情報がこれにからむと、国民ばかりではなく、政府の組織内部に対してもその開示が厳しく制限される。「秘密主義が徹底されると、必要なときに情報が肝心の意思決定者に届かないことも起こりうる。組織内の多くの階層を経るような特殊な伝達経路では、緊急情報を迅速に伝達することは難しい」のである。

         (この項続く)

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