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 新型コロナウイスの感染拡大を受けて、安倍晋三首相は二月二九日に初めて記者会見に臨んだ。首相は緊急対策の第二弾として、ウイルス検査体制の強化策などの説明に冒頭の二〇分近くを使い、記者の質問に答えたのは二〇分弱だった。説明にはプロンプターを使い、質問には手元の想定問答の答えを読み上げた。

 この記者会見は、メディアやネットの有識者のコメントをみるとすこぶる評価の低いものだった。首相が説明した第二弾の内容をみると、空疎な中身とは必ずしもいえない。

学校の急行によって仕事をやすまざるを得なくなった保護者には、賃金を補てんするための企業向けの制度を新設することや、医師が必要と判断したすべの患者にウイルス検査をするとともに、その費用については三月第一週から健康保険の対象とすること、など多岐にわたっている。

 安倍首相の説明がメディアやネットの識者に響かなかったのは、従来からの「反安倍」の感情ばかりとはいえないだろう。

 ここでは、マネジメントとう補助線を引きながら、安倍首相のトップマネジメントのありようを考えてみたい。日本経営者の多くが教科書としている、P・F・ドラッカーの「マネジメント【エッセンシャル版】――基本と原則」(二〇〇一年一二月刊、上田惇生編訳・ダイヤモンド社)を手がかりとしたい。

 「トップマネジメントに課される役割は、各種の能力、さらには各種の性格を必要とする。少なくとも四種類の性格が必要である。『考える人』『行動する人』『人間的な人』『表に立つ人』である。これら四つの性格を合わせて持つ者はほとんどいない」

 「トップマネジメントにはそれぞれの流儀があり、それぞれ自分なりの役割を決めればよいという考えはナンセンスである。……トップマネジメントとは何であり、何でなければならないかは客観的に規定される。引力の法則が、その朝物理学者が食べたものと関係がないように、トップマネジメントの役割はその座にある者の流儀とは関係ない。……トップマネジメントの役割が多様な能力と性格を要求しているという事実とが、トップマネジメントの役割のすべてを複数の人間に割り上げることを必須とする」

 ドラッガーはトップマネジメントの役割を例示する。➀目標の設定、戦略計画の作成、明日のための意思決定②組織をつくりあげ、それを維持する③トップの座にあるものだけの仕事として渉外の役割⑤重大な危機に際しては、自らから出動する、著しく悪化した問題に取り組む。

 「マネジメント」を座右の書としていた、IT経営者のもとで働いていたとき、危機に際して彼は昼夜をおかずに対策会議を主催し、記者会見を一手に引き受けた。会見は記者の質問がなくなるまで続けた。

 安倍首相の会見後、自民党のコロナウイルスに関する対策本部は提言をまとめて、政府の広報について「専門家とともに首相による情報発信を強化する」ことを提言した。

 政府がコロナウイルスという危機にあたっては、広報の手法ではなく、トップマネジメントが問題である。

          (以上です)

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政治経済情報誌「ELNEOS」2月号寄稿

警視庁公安部が通信大手のソフトバンクの元社員・荒木豊容疑者を在日ロシア通商代表部の幹部職員に対して不正に機密を漏洩した、として不正競争防止法違反容疑で逮捕したのは一月下旬のことである。

 同社が二月七日に開いた二〇二〇三月期・第三四半期の決算会見において、宮内謙社長は元社員が持ち出した情報は、基地局づくりの手順書だったことを明らかにした。そのうえで、「(元社員の容疑者は)まじめな人だが、ロシアの古典的なスパイ活動にはまってしまったということではないか」と推定してみせた。

 「通信の秘密、機密性の高いものにはタッチできなかった。そこは安心していただきたい」――宮内社長が謝罪の言葉のあとに付け加えた理由は、ソフトバンクグループのインターネット接続サービスの子会社がかつて、加入者の個人情報を契約社員に盗まれ、宗教集団の幹部の手に渡って恐喝された事件である。

 ロシアの諜報活動からみれば、人的接触すなわちヒューミントによって得た、基地局の手順書は十分な成果であったといえるだろう。

 手順書の詳細は明らかにされていないが、基地局の位置や導入されている機器の生産国や機能がわかれば、ロシアはインターネットによる攻撃や諜報がやりやすくなるだろう。

 ヒューミントは古典的なスパイ活動とはいいきれない。諜報活動はいま、確かにサイバー空間のインテリジェンスの存在が高まっているが、ヒューミントは依然として諜報の大きな柱である。

 今回のロシアによるスパイ事件から、ソフトバンクが教訓を得るとするならば、加入者の利益を守ることは当然ながら、「国益」を担っている企業としての自覚の必要性だろう。

 中国の世界的な通信機器大手である、ファーウェーの製品について、米国政府が一昨年、国内の通信会社にその使用を禁じたのを受けて、日本政府が企業名を明らかにしないながらも、追随する方針を明らかにしたとき、ソフトバンクの反応はいささか反発ぎみであった。

 最近では、次世代通信の5Gの新規投資において、ファーウェーの機器を使用しないことを約する軌道修正を行っている。

 いうまでもなく、諜報活動はそれぞれの国家の「国益」の達成のために行われている。グローバリズムの進展によっても、国民国家の壁が崩れたわけではない

 広報パーソンと渉外部門の役割は、メディアが発している情報と官公庁などの情報の海のなかから、「国益」にからむ諜報について重要な一片を拾い出すことにある。

 ファーウェーの問題については、英国のテリーザ・メイ政権下の昨年五月、ギャビン・ウィリアムソン国防大臣の解任事件がそれにあたる。英国メディアが、ファーウェーの通信機器が通信の秘密を脅かす通路(ホール)を英国政府はすでに見つけ出しており、それを塞げば利用が可能だ、と結論づけたと報道したことに端を発する。英政府の調査の結果、情報源が特定されたのである。サイバー・インテリジェンスの専門部署でなければ、ホールは発見できない。日本の新聞はこの事件をベタ記事で伝えていた。

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政治経済情報誌「ELNEOS」2月号寄稿

 政府は通常国会に「GAFA」と呼ばれる世界的な巨大IT企業について、個人情報保護法の改正案と、独占禁止法の「優越的地位の乱用」を、個人に対しても適用できるようにする同法の運用指針などを提出する。

 巨大IT企業が個人情報を握って、さまざまなビジネスに生かそうとしているのは間違いない。しかし、我々を監視しているのは、先進諸国の政府そのものである。市民も企業も「監視社会」のなかにいる。

 米国の国家安全保障局(NSA)と中央情報局(CIA)の元局員である、エドワード・ジョセフ・スノーデンの自伝の最新刊・邦訳「スノーデン 独白 消せない記録」(河出書房新社・山形浩生訳)は改めて我々の世界認識を根底から覆した。

 「スノーデン事件」と呼ばれる一連の彼によるNSAの内部文書の暴露は、世界の主要なメディアの調査報道チームとの連携によってもたらされた。

 「NSA文書を見ても、そこにあらわれた最も深い秘密として実施されている大量監視の世界的なシステムについての話が理解されにくいのはわかっていた――あまりにもよじれて専門的な話なので、それを一気に『文書ダンプ(dump・投げ出すこと)』として提示するのは無理だ。ジャーナリストの辛抱強く慎重な活動を通じて提示されなければならず、しかも思いつく最高のシナリオでは、それは複数の独立マスコミ組織の支援で実施されなければならなかった」

 スノーデンとジャーナリストとの共闘の第一弾は二〇一三年六月、英国のガーディアンが放った特ダネである。NSAは毎日、米国の電話会社の通話記録を数百万件収集しているほか、巨大IT企業が個人情報の収集に協力していた。

 「その文書の解釈を手伝う以上のことさえ必要があるかもしれない。彼らのパートナーとなって、正確かつ安全に報道を助ける技術訓練とツールも提供しなければならない」

 ジャーナリストとのメールのやり取りにおける鉄壁な暗号化であり、持ち出した文書を保存した記録媒体について二重三重の暗号化をほどこして、捜査当局の手に落ちても解読できないようにすることなどである。

 日本のメディアのなかで、スノーデンはNHKを選んだ。「クローズアップ現代+」は一七年四月、ネット上の電子メールや通話記録を個人別に検索できる「XKEYSCORE(エックスキーソコア」をNSAが、日本政府に提供したことをスクープした。

 「国の自由は、その市民の権利尊重によってしか計測できず、こうした権利は実は国の権力に対する制限であり、政府がずばりいつ、どこで個々人の自由の領域を侵犯してはいけないかの定義だと僕は確信している。これはアメリカ独立革命では『自由』と呼ばれ、インターネット革命では『プライバシー』と呼ばれるものだった」

情報漏洩防止の最前線に立っている、広報パーソンにスノーデンの自伝を勧めたい。捜査当局に手の内を探られるのを避けているが、「監視社会」を生き抜く方法は学べる。

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政治経済情報誌「ELNEOS」1月号寄稿

 二〇一九年一二月初旬に閉幕した、臨時国会の終盤は、安倍晋三首相主催の「桜を見る会」に、野党は攻撃の的を絞った。

SNS時代を象徴するように、招待客がネットにアップした「桜を見る会」写真から、「反社会的勢力」(以下、反社)の参加があったのではないか、と野党は二の矢を放った。

ネット上の情報は真偽を問わずに拡散する。出席者として名指しされた、暴力団総長は実名で「週刊新潮」(一二月一二日号)において事実関係を完全に否定する一幕もあった。

野党の追及は止まず、反社の定義に関する二〇一七年の閣議決定を振りかざした。「暴力及び威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人」という定義である。

「政府として改めて『反社』とは何かを定義する必要があるのではないか」という野党の質問主意書に対して、政府は「その時々の社会情勢に応じて変化し得るものであることから、あらかじめ限定的、かつ、統一的に定義するのは困難だ」という答弁書を閣議決定した。

「反社」といえば、暴力団とそれには所属しないが犯罪を繰り返す集団である「半グレ」が想起される。広報パーソンとして直面した事件を振り返るとき、「反社」はさらに幅広い。「桜を見る会」をめぐる野党の論点よりも、閣議の答弁書の見解をとる。

 このシリーズを始めるに際して回顧した、ソフトバンクグループの子会社のインターネット・サービス会員名簿が盗まれた事件で、名簿の一部を印字して数億円の恐喝に及んだのは、巨大宗教集団の地方の幹部であった。事件の筋書きを描いたと推測される人物は、かつて野党の委員長の自宅の電話を盗聴したグループのリーダーだった。

 通信ネットワークの専門家集団は、携帯電話のネットワークの脆弱性を見つけ出しては、その補修に数億円を要求してきた。これを拒否すると、ライバル会社は支払いに応じたことなどを、一部メディアにリークしたと推定される報道もあった。

 メディアの取材攻勢は、事件を起こした反社ではなく、かかわった企業や個人に向かうのである。

 最新刊のベストセラー『教養としてのヤクザ』(小学館)のなかで、ノンフィクションライターの溝口敦氏と、ライターの鈴木智彦氏が、吉本興業の芸人による「闇営業問題」に対談している。

溝口 あの一連の報道を見ていて、おかしいなと思ったのが、『芸人が反社会的勢力からお金をもらうのが問題だ』ってみんな言うけど、芸人のことばっかり騒いでいて、反社会的勢力の側に突っ込んだ記事が全然なかったことですよ。特殊詐欺グループのリーダーの小林宏行という名前すら、ほとんど出てこない……

 鈴木 特殊詐欺でぼろ儲けしている犯罪集団が、有名芸能人を呼んで派手に忘年会をやっているんです。闇営業よりこっちのほうがよっぽど大きな問題だと思いますよね」

 この新書は、流行しているタピオカドリンクにヤクザのフロント企業が進出していることや、原子力発電所の工事にヤクザの下請け企業が加わっていることなど、反社を考えるうえで時宜を得た出版である。

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政治経済情報誌「ELNEOS」12 月号寄稿

 日本人の思想、信条、行動について、独自の論考続けた、故山本七平氏の過去の論文をまとめた新刊『新聞の運命』(二〇一九年、さくら舎)がある。新聞に切り込んだ視点はいまも新しい。

新聞が本質的に抱えている「正義」について、次のように説いている。

「仮借なき正義の言葉を吐けるのは、実は、自分がその相手を憎んでいるときなのだ」

「憎悪という衝撃力で正義を投げつけたとて、人はそれに驚くだけで、その正義に動かされることはない。そして動かされないことを知ると、人間はまことに幼稚なレトリックしか考えない。すなわち、これでもかと活字を大きくし、これでもかと衝撃的・刺激的な大げさな見出しを考え……だがそれをすればするほど読者は離れ、しまいには『またか』とうんざりして来る」

こうした新聞の正義と憎悪と一線を画した新聞人として、朝日新聞のコラム「天声人語」を一九七〇年代前半に担当しながら四六歳で亡くなった、深代惇郎氏をあげる。ロッキード事件によって首相を退陣した、田中角栄氏について書いたコラムを引いている。

「フォード大統領の滞在中は『政治休戦』のはずだったが、田中内閣はその五日間さえやっと持ちこたえたいう感じである。首相の辞任決定に、何はどもあれホッとした。

 『あの土地は何坪で、坪当たり何千円でございます』『ユウレイ会社といっても違法ではございません』といった総理答弁をこれから毎日聞かされるのは、正直いってやりきれない思いだった」

 山本氏はこう述べる。

 「深代さんはここで『正義の代行人』として田中前首相を糾弾しているわけではない。だがこれを読むと、『やりきれない』『ありゃもうたくさんだ』『彼が辞めてホッとした』という気が、誰でも、それを読むたびに甦ってくる。そしてこの甦ってくる言葉だけが、その言葉が発せられたときにも、人びとを動かし得るのである」

 新聞の正義と憎悪の前面に立っている、広報パーソンにとって、山山本氏の言葉は心にしみる。広報部門の経験者として、メディアのなかに、深代惇郎氏ほどとはいわないが、正義と憎悪から遠い視点をもったジャーナリストがひとりでもいれば、企業の危機は乗り越えられると考えていた。

 ソフトバンクグループが一一月初旬に発表した、二〇二〇年第二半期の決算発表会において、会長兼社長の孫正義氏は、プレゼンテーションのはじめに、荒海に最近の同社の経営危機に関する新聞記事の見出しを並べた。

 「今回の決算はぼろぼろ。真っ赤っかの大赤字。三カ月でここまで赤字を出したのは創業以来初めてだと思う」と、語りだした。新聞の指摘する点について具体的な数字をあげて反論する形となった。株価は翌日こそ下がったが、その後持ち直した。正義と憎悪から距離を置くジャーナリストは、言葉によって読者の心を打つ。彼らを動かすトップもまた、言葉の力を信じなければならない。

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